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第3回 | |
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うちの両親はよく歯を磨く。 それは頻繁にという意味ではなく、丁寧にきちんとという意味である。 よろしく歯を磨く、と言った方がいいだろうか。三度の食事の直後に、かなりの時間をかけて磨いている。 わたしが幼い頃から「歯を大切にしろ」的な指導は受けてきていたし、自分たちも手本を示してくれていたのだが、10年ほど前にふたり揃って歯周病の危機にさらされて以来は、ことさらに情熱を注いでいる。 なんでも、父親の歯肉はかなり病んでいたようなのだが、歯医者で歯磨き指導を受け、2週間実行したところ、「驚異的な回復」をみせたらしい。教えを受け、実行し、結果を出し、結果が出ればさらに努力する、継続する。いかにも団塊の世代だ。 夕食後は、電動歯ブラシとふつうの歯ブラシ、デンタルフロス、細かいところを磨く歯ブラシなどを駆使して、どうかすると「火曜サスペンス劇場」が始まってから終わるまで磨いている。風呂が長すぎるので心配になって覗いてみると鏡を見ながらもうすぐ還暦を迎える男が歯磨きをしている。職場では昼休みに流し台を占領して注意を受けたらしい。 母親は技術にこだわる人で、桃の皮が破れない程度のブラッシング圧で父親に対抗する。 二人とも、歯質が丈夫な方ではないので治療済みの虫歯はあるから、経験を踏まえた上での後天的な歯磨き信仰者だ。 そして、自分たちの過ちを子どもに繰り返させなかったのだろう。永久歯に生え変わるくらいまでのわたしの歯は、彼らにきっちりケアされていたから、小学校低学年までは、数少ない虫歯ゼロ児童だった。 親の教えを一度はひっくりかえさないとわからないわたしは、その後の不摂生により虫歯を何本もつくる。 その度に反省しつつも、「一日の何分の一を歯磨きに費やすつもりだ」と両親をせせら笑いながら、普通の人よりはやや長めに(テレビを見ながらだから)、確実にいい加減に歯磨きをしてきた。 しかし、継続というものはよいことであれ悪いことであれ、確実に結果を出すものである。 そこは親しらずを抜いた一本手前の歯で、すでに3回も治療しており、数年前には神経まで抜いて、銀を埋めた歯だった。見えている部分はほとんど銀なので、埋めたというよりはまさに「銀歯」そのものである。扱いようもないその歯にまだ何かが起こりうるのだろうか? 自宅から徒歩2分くらいのところに、土・日もあいている歯医者がちょうどあったからとにかく行ってみた。 余談だが、みなさんは歯の治療を受けるとき、自分の舌を持て余しはしないだろうか。 問題箇所のレントゲンを撮った上で、院長の男の先生はこう言った。 ほとんど痛みもなく、その歯は抜かれた。 歯を抜くことを専門にしているらしき女の先生が担当し、殺されても気づかないくらいつるりとやってくれた。 しかし、ここでは痛みの如何は重要ではない。むしろ死ぬほど痛かった方がお灸をすえる意味でよかったのかもしれない。そして痛みもなく、さっきまであった、親知らずではなく、必要な、つきあいの長い歯が確実にいなくなったのだ。後悔と喪失感で悲鳴をあげたいわたしに、男の先生はさらにこう言った。 「これからきれいにしていきましょうね。」 わたしの口の中はそんなに汚いのか。 歯医者を出たわたしは両親の携帯にメールした。 「奥歯を抜きました。申し訳ない。」 以来、朝と夜は30分以上、お昼でも15分くらいは歯磨きに時間を費やし、寝る前はフロスとフッ素コートも欠かさないようにしている。歯を大切にするという範囲で、両親からわたしへの自律・自己管理教育はここに完了した。 しつこく言うが、「継続は力なり」。おっしゃるとおりである。 |
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