第1回
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■ スラウェシ島の名誉島民

「おれがどんな感動するようなこと言ったって、おまえらは柳原先生のことを先に思い出すっちゃろうねぇ」
現在某地方FMのDJに転職した国語教師はそう言った。
柳原先生は地理の先生だ。

 
柳原先生が「ここ試験でるよ」と言ったところは必ず試験にでなかった。
その最たるものが「スラウェシ島」だ。
インドネシアに浮かぶ、アルファベットの「K」のかたちをした、コーヒーの栽培がさかんなこの島は、わたしの知っている限り、過去の大学入試や模擬試験にも出題されたことはない。
しかし、彼は、ヨーロッパ学習中のときも、アングロアメリカのときも、ラテンアメリカときも、オセアニアのときも、一年を通して毎日授業の初めに「スラウェシ島」を重要な箇所として紹介した。
「スラウェシ島、いいねー」
毎日、毎日。
 
 

コンパクトな体にインパクト大きすぎる小猿顔。
当時(推定)50歳の彼が若かりし日から愛用していると思われる真っ青なボブソンは、女性誌とは違った意味でのベルボトムで「ポッケ」が前面についていた。
マラソン大会の日には、男子が走り、女子が走る間ずっと、つまり大濠公園を6周走っていた。
授業中に生徒が居眠りすると「ウェイカッ!(Wake up!)」と怒鳴り、生徒が起きると追い討ちをかけるように「おまえ眠り病か」と問い詰めた。
中国の人口抑制政策のところではいきいきと下ネタをとばしていた。
地図帳には新聞の切り抜きを何十年か分を貼り付けて、電話帳並みにふくらましていた。
そんな柳原先生が毎日「スラウェシ島」。

受験前にぎりぎりになった記憶の引き出しに、「スラウェシ島」さえなければもう一つ本当に試験に出るとこが入るような気すらして忘れられぬこの島と先生に腹を立てたことさえある。
高校を卒業して10年がたち、もはや国内の県庁所在地すらこたえるにあやしいわたしが、「スラウェシ島」を心に強くとどめている。
世界地図のあらゆる国名・地名・山脈名などなどで最初に浮かぶ名称として。
高校時代に習ったものとして最初に浮かべるものとして。
しまいには、機会があれば行ってみたい場所として。

先日、卒業10周年の同窓会があり、(たぶんおよそ)580人のうちのおよそ200人の正月二日にひまな卒業生たちと再会した。
残念ながら柳原先生は参加していなかったが、わたしは今や大好きなこの先生の話題を持ち出し大きな笑いをとった。そしてやはり話題の中にいた半分以上の人が「スラウェシ島」を覚えていた。
少なくとも{わたし+(多く見積もって)彼の地理の授業を受けた人の50%×数十年の教師人生}人に彼は「スラウェシ島」を強く植え付けた。
どうだろう?だって、みなさん「スラウェシ島」をご存知でしたか?
一生のうちこれだけ多くの人に、たかだか自分の存在そのもの以外で、そんなに知名度の高くないものを認知させる影響力ってすごくないですか?

そんな彼に、僭越ながらわたしからスラウェシ島の知名度を著しく向上させた功績をたたえて「スラウェシ島」の島民栄誉賞を贈りたいと思います。

   

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