第3回
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■ 星の誕生

5/9、午前九時。福岡市のとある病院に向かう。部屋に着くと、産気づいた妻と、義理の母が。
予定日より遅れ、子供が十分な大きさに育っていたことから陣痛促進剤による出産を迎えようとしていた。「陣痛、始まったみたい」さっそく薬が利いていた。

気になったのは妻がベッドの上で誓約書を書かされていたことだった。
陣痛促進剤による出産は危険を伴う。その中身は、「万が一、何かしらの事故があったとしてもそれは決断したあなた方の意思によるもので、当方はすべてを保証しかねる」というものだった。
では、あくまでも自然分娩がいいのか?陣痛が自然にくるまでひたすら待ち、子宮の中で子供が大きくなりすぎた場合のトラブルもありうる。「それなら促進剤を。。」私たちの苦渋の決断だった。
始まったばかりの陣痛を感じながら誓約書にサインする妻。ただただ不安で立ち尽くすだけの義理の母と私。(とにかく、無事に生まれてくれ。。)そして、妻は分娩室へ向かった。

午前十一時。「様子をご覧になりますか?」
義理の母と私は分娩室に入る。「スーハ−。スーハ−。。」妻がものすごいいきおいで呼吸をしている。痛みをこらえながら、そして、目を閉じたまま。「●●ちゃん、しっかり!」私たちが声をかけてもそれに気づかない。後で聞いたのだが、私たちが入ってきたことすら気づかなかったという。「あと数時間で産まれそうです。その時になったら、またお呼びします」何も出来ないまま、二人無言で部屋を出る。

「でも、あの子はしっかりしてたわね。びっくり」と、義理の母。
そう言われれば、確かに妻は痛みに対して泣きわめくこともなく、規則的な呼吸をしていただけだった。ソフロロジー法によるイメージトレーニングの成果だった。
あれだけ落ち着いているのであれば、いっしょにCDを聞いてあげた甲斐があったというものだ。
「ソフロロジー」など初めて聞いたので、どうなんだろうという不安もあったし、「眠るようなリラックスした状態で、叫び声をあげずに出産する」など本当かなぁ?と思うこともあったのだが、「ソフロロジーでよかった」と妻が後に言っていた。

午後一時、看護婦さんが部屋へ。「もうそろそろです。ご主人、立ち会いませんか?」
きっぱりと「立ち会いません」。このことは二人で決めていたし、何より私は血を見るのが苦手だ。
採血で自分の血を見て倒れそうになったこともある。無理はいけない。おとなしく義理の母と部屋で待つ。会社には「出産に立ち会いますから。。」ということで休日をとったのだが、出産による慶弔休暇を一日早く取得したに過ぎない。

しかし、午後一時半をまわっても一向に看護婦さんは部屋にやってこなかった。

「まだかな?」「遅いわね。。」遅い。確かに遅い。おかしい。。一体、何が。。不安と期待、いろんな思いが駆け巡る中、二人でじっと待つ。


何故だか僕は18の時の春、大学受験の合格発表のことを思い出していた。もちろん、今回の出産の方が何十倍もドギマギしていた。なぜその事を思い出したのだろう。きっと、「緊張する場で、何らかの結果が下される場に自分以外の人がいた」というシチュエーションが重なったためだったのだろう。今回は義理のお母さんが横にぴったりといた。もし何かあっても私が取り乱すわけにはいかないのだ。
そして、十数年前、合格発表を大学に見に行く時には、なぜか親戚のおばさんといとこが私に付いて来ていた。「なんで?ついてこんでいいよー」と抵抗したが、その大学の近くに住んでいる二人はどうしても一緒に見に行きたいという。
あまり抵抗したら「受かる自信がないんじゃないの」と思われるのもしゃくだし、まぁ、多分何とか受かっているんじゃないかと事前の自己採点で分かっていたので同伴を許可した。

結果は合格で、私は合格者発表の掲示板の前でアメフト部に胴上げされ、男性コーラス合唱団に囲まれて「江口さん、おめでとー♪、おめでとー♪ワワワワァー♪」と歌のプレゼントまで頂いた。
ふと、現実に戻る。きっと、同じようなハッピーエンドがあるはずだ。僕はこれまで神様から天罰が下されるような悪事は一度も犯していない。。。でも、おかしい。まだなのか。何かがあったんじゃないのか。僕らはたまらずに部屋を出て、廊下へ飛び出した。


通りがかりの看護婦さんを呼び止める。「あの、まだなんですよね?」
「え?江口さんのお子さんですよね?もう20分前にお生まれになりましたよ。元気な男の子です。お母さんも大丈夫ですよ」

「えええっ!!」
なんとゆーことっ!!!!!僕らは何も聞かされずに数十分の間心臓バクバクだったのに。早く言わんかー!!

でも、まだ二人の顔を見るまで安心はできない。「面会はできませんか?」
「今、後処置をしていますのでしばらくお待ちください」更に数分待たされ、やっと分娩室へ。

  ------そこには生まれたばかりの星が存在した。五体満足だった。妻も無事だった。それで充分だった。とっても、とっても疲れていたので生返事しかしてくれなかったが体に支障はなさそうだ。子供の外観はどうだろう。うまれたてで、猿に似ているような気がした。どっちに似ている?うーん、どちらでもなく、やっぱり、猿に似ていた(笑)。でも、どうでもいいことだった。体中の力が抜け、やっと、「よかった。。。」と義理の母との間に笑顔がうまれる。果てしない脱力感の中、恐らくその瞬間だけは僕らは世界一の幸せ者だった。    

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