第7回
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■ 日立鉱山電車廃線跡地紀行2

 廃線跡を歩いておもしろいのは、「あーここに線路があったんだな」と思えるナニかが残っているからだ。でも自分の記憶では、鉱山電車の軌跡なんてナニもなかったから、行ってみたところでナニかが見つかるはずはないような気がする。

 インターネットとかで調べると、鉱山電車は明治41年に助川鉄道として開通し、現在の日立駅前の大通りと銀座通りの中間あたりを通って国道6号線を横断し、芝内経由で大雄院(だいおういん)まで軌道が延びていた。本来は貨物だったが従業員用に無料客車も走り、従業員じゃない人も勝手に乗ってたが昭和35年に廃線になった。ということがわかった。

【降りてきた繁華街】

「銀座通り」という実もフタもない名前の通りは、ちょっと前まで日立市の繁華街だった。しかしこの銀座通り、なぜか駅前から6、700m以上も離れている。
 逆に駅前は閑散として何もなく、特急停車駅とは思えないさびれっぷりだった。なんでだろー? と長年の疑問だったが、鉱山電車の軌道地図を見て、あっそうか、もともと栄えていたのは駅や共楽館がある芝内方面で、鉱山の規模が拡充するとともに町も拡大し、銀座通りまで繁華街が「降りて」きたのではないかと気づいた。


 電車がなくなると町も衰退する。ならば銀座通りはよくもったほうかもしれん。今の銀座通りは「シャッター通り」と呼ばれ、正月というせいもあるのかもしれないが、ほんとにシャッターが下りた店ばっかで、寂しい雰囲気でした。

 私が目星をつけた軌道跡は、シャッター通りから横道に入ったところ。すると軌道とおぼしきところはずらーっとコインパーキングになっていた。あら、意外に線路感。駐車場の管理者は「日鉱商事」とあるので、ここに間違いない。
 実はこのあたり、私にとってはかなり思い出深い場所なのです。


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