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第6回 | |
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■ 日立鉱山電車廃線跡地紀行1 |
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去年の夏休みに鉱山電車の存在を知ってから、ずーっと気になっていたので、正月休みで帰省した際、日立鉱山電車の廃線跡を歩いてみた。 出かける前、父に「鉱山電車のあとを探しに行くんだー」と言ったら「昔、オマエも乗ってたよナァ」などと言うのでたまげた。全然記憶にない。記憶にはないが私も乗っていた。すごいじゃん! だけどそれはボケ老人のたわごとで、鉱山電車は私が生まれる前に廃線になっていた。ぬか喜びさせやがって。 気を取り直し、父の父、つまり私の祖父は坑夫だったので鉱山のことを聞いてみた。 |
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【社畜化計画】 「共楽館のあたりとかサー、飲み屋がいっぱいあったんだろうね」と訊ねたら「いや全然ない」と言う。 |
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「共楽館」というのは、日鉱の福利施設として大正6年に建築された芝居小屋だ。唐破風の朱塗りで、花道や廻り舞台もあったという。昭和30年代まで映画や歌舞伎、相撲などが興行されたが、昭和42年に日立市に寄贈され現在は「日立武道館」になっている。 父が子どもの頃の坑夫は「禁酒会」に強制加入させられており、鉱山まわりで酒を飲んではいけなかったのだ。荒くれ防止策らしい。 酒がなくては夜も昼も明けん筑豊炭坑とは大違い。流れ者も社畜にするワザだ。 なので、子どもだった父はこっそり酒の買出しに行かされ、酒屋で水まくらにお酒を入れてもらったそうだ。 「えー水まくらって瀬戸物のやつ?」かと思いきや「いやゴムの」だと。そんな酒はゴム臭い。 「ヤマザキつう酒屋だった。みんなそうしてたんだ」 |
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そしたら鉱山では水まくらを持った子どもがしょっちゅうウロウロしてたということか。 父は「大雄院(だいおういん)には見張り小屋があっから、見張りに見つかったらおっかねえ」とビクビクしつつも、酒でふくらんだ水まくらを服で隠して走り抜けたという。 そんな話をしていたら母が横から「そういえば共楽館で村田英雄ショーを見た」と言い出した。へーすげえビッグネームじゃん。村田センセイもまだ新人で、だけどすでに人気はあり「氷川きよしみたいな感じだった」そうだ。 じゃあ行ってみるかー、といよいよ町へ出かけた。 |
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