第10回
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■『和服日常主義集団』正月を過ごす

 最近、めったなことでは和服を着る機会がない。かつては、正月の年始出勤の際には、銀行や市役所の女性職員は、晴れ着。男子職員は羽織袴という姿もみかけることができたのだが、最近は、そんな光景もほとんどない。

 成人の日に晴れ着、葬式に黒の留め袖とか、ちらほらと見るくらいで、非日常の中からも和服をみかけることはほとんどなくなりつつある。まして、普段着としての和服を着ている人なんて皆無である。相撲取りくらいのものか。

 私自身、結婚式で紋付袴の貸し衣裳を着たことがあるくらいで、あとは、浴衣を何回か着ただけである。和服とはまったく無縁に生活していると言ってよい。

 こんなことではいかん。韓国民族にチマチョゴリ。中華民族に人民服。アフガニスタンにプルカがあるように、大和民族は全員和服で日常を過ごそうではないかああ!

 こうして、正月とか、成人式とか結婚式とか、改まった場所で着る晴れ着ではなく、日常着としての和服を着る場をつくろうではないかと、新年1月6日、『普段着の和服の会』を企画して、一日を過ごすことにした。

 あくまでも『たまたま和服を着た人々が集まり、街を歩いたり、寺にお参りしたり』という、自然体で通そうと思ったのである。

 なにしろ日常であるので、和服を着たからといて、わざわざ晴れがましい場所にでかけたり、高級ホテルのロビイとかで待ち合わせしたり、博多座で宝塚歌劇を観劇したり、改まったことをしないように留意した。

 しかし、和服を普段着としていない我々にとって、和服姿になる。その行為自体が、容易では無い。一人では着ることもできないからだ。帯の締め加減とか、結び方とかも、さっぱりわかんない。普段着とはいえ、会合の場所にでかけてゆくために一般の交通機関を使うのだから、人目はある。だから、一応それなりに見れるようにしとかないといけない。

 美容院や着付けサロンでわざわざ着付けすることはなかったが、各自、心得のある自宅の母や、人様の母の助けを得ながら、予定時間を二時間も超えて着た。着るだけでこんなに手間がかかる。

 しかし、日常性を守るためにいきなりハイヤーとかに乗るのでは無く、一般公共交通機関を使い、地下鉄駅まで来てもらう。そこから、会場の我が家まで、マイカーで迎えた。車の座席に座るのも降りるのもけっこう大変。スカートやジーンズはいてる感覚で、やろうとするとできないからだ。

 裾の幅に制約があるので、いつもやってるように、がばっと足を開いてあっさり降りることができないのである。

 日常の移動力が10だとしたら、和装時は、走ることもあまりできないので、移動力2くらいになる。おまけに履き慣れない履物は、ちっとも使っていない、まっさらすべすべの足の親指と足の人さし指の間に鼻緒が食い込んでしまい、じきにとても痛くなる。こうなると移動力は1くらいに低下する。

 しかしまあ、これも慣れればいいのだ。

 我々は、近所の名も無い神社。正確にいうと旧福岡県早良郡原村大字小田部の村社『寶満宮』に参拝し、続いて江戸時代以来、小田部の菩提寺である『教善寺』に参詣した。ほかにお参りする人の姿も無い、寂寞とした光景の中、敬虔な和服姿の我々が訪れた事実は、きっとこの40年間くらい、この神社にも寺にもなかったのではないだろうか。神仏も喜んでいただいたに違い無い。

 せっかく和服を着たのだから。。伝統的日常を重ねて体験するべく、かねて準備していた『和服姿で生け花をいける』もやってみた。草月流師範の指導で、入門編とはいえ、『基本立身形』を活ける。和服を着て、さりげなく生け花をいけてみせる、この自然さこそ、われわれ日本人のふだんのありふれた光景だったはずではないか。

 ついでに書道とか、お謡いとかもしてみたいが、そんなにあれこれはできないので、日常性を拡大するべく、黒塗りのハイヤーで旧福岡県早良郡西新町てんぐや布団店下にできた『スターバックスコーヒー』にでかけてみる。

 さらに日常性をさりげなく再現するため、和服姿のまま、タクシーを二台拾って、旧福岡県早良郡姪の浜町砲台町沖合マリノアの『東洋一の大観覧車』1ゴンドラ貸しきり2800円なり、に搭乗する。

 正月3が日でもないのに、和服集団であるわれわれは、周囲の注目を集めるようでなんだか心地よい。しかし、日本の民族衣装を着ているわれわれこそが当然なのであって、うっとりと眺めている異民族衣装に身を委ねている我々以外の全員こそが異常なのである。ざまあみろ。

 こうして、順番待ちの間は、『結婚式かえりかな?』とかいう声を背後に、記念写真を撮りまくる。大観覧車の中では、おおはしゃぎにはしゃいで、となりのゴンドラを観察して、前後のゴンドラに二人でぎこちなく搭乗するカップルが、ゴンドラがどの位置に到った時に、男が彼女の隣に移動して、キスなり告白なり、不法行為なり、仕掛けをするかを予測したり観察した。おおむね頂上目前の地点が仕掛けのポイントであった。それよりも早すぎると仕掛けが失敗したときに、きまずい時間を過ごさねばならず、それよりも遅ければ、状況が進展しないままに地上に戻ってしまうので、妥当なポイントというべきであろうか。

 もちろん夜景も美しかった。





 


 このように和服での日常性を追求した割には、神社参拝、寺院参詣、華道体験、スタバでお茶、マリノア観覧車おおはしゃぎ、と、まるで非日常そのもの。というよりも、これってガイコクジンが『ニホンノブンカをタイケンシマース。ニッポン、ベリベリビューチフル、和服ダイスキデース!』ってえノリではないのか。記念写真も120枚くらいとりまくってしまったし(^^;)

 そのような点が、多少気になりながらも、けっこう楽しい一日だったので、今年の夏は、花火大会以外で、浴衣で日常を過ごす場でも作り、和服の日常性回復につとめたいと考えています。

【日本和装振興協会】
http://www.wasou.com/
【バービー人形に和服を着せる謎のページ】
http://www.asahi-net.or.jp/~gz4t-nghm/total.html/kimo.html

   

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