第5回
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■ 失恋キリマンジャロの実況中継

 その喫茶店の奥まった場所にテーブル席が2つだけあった。

 「あの席が空いてたらいいな」。そう思って店に入ると2つとも空いていたので、「ついているな」と喜んだ。2人がけのがっしりとした木の椅子とテーブルは、きょうの予定を遂行するためには、とてもふさわしい気がした。

 約束の午後5時半まで、10分ほどの余裕があった。
 僕が注文したキリマンジャロを、店の人が持ってきたのと、トノヤマユウコさんがやってきたのは、ほぼ同時だった。
 そうして、空いていた隣の4人がけの席に、4人の女子高校生がやってきたのも、ほぼ同時だった。
 メニューを一瞥しつつ、トノヤマユウコさんは、モカを頼んだ。

 隣の女子高校生4人は、オーダーが決まらないまま、話をはじめた。

 トノヤマユウコさんのモカが来た。カップを持つトノヤマユウコさんの白い指。トノヤマユウコさんは、両親が東北の出身なので、九州の女の人とは違って、とても色が白い。

 「で、きょうは?」
 トノヤマユウコさんが探るように質問してきたので、僕は、少しどぎまぎした。でも、心を決めているので、言うしかない。
 「おれ、前から言いたいことがあったったい。なかなか言えんかったけん、きょうは言う」

 トノヤマユウコさんは、微笑みながら、コーヒーを口にした。僕が気負っていたのでおかしかったのかも知れない。

 「おれ。きみに彼氏がおるとは知っとおけど、おれは君がすきや」

 となりで騒がしくしゃべっていた女子高校生4人の会話が途切れた気がした。いっせいに、こっちを向いたばかりでなく、はっきりと次のような言葉が聞こえた。

 「あ。告白しよる」「彼氏おるってよ」


 トノヤマユウコさんは、少しだけ下を向いてじっと考えているようだった。
 「それ、いつから?」
 「1年前から。みんなで唐津に車で遊びにいったときから。きみに彼氏できたけん、あきらめたんやけど、何も言わんで、このまま人生を過ごすのは、損した気持ちになるけん、おれは言うことにした」

 「言うことにしたげな」「ジンセイだって」
 隣の席の4人は、おれの言葉をいちいち反芻する実況中継アナウンサーみたいな役目をしていた。この一番奥の空間は、ひそめた声ほどよく聞こえるらしい。

 「ありがとう」
 トノヤマユウコさんは、お礼の言葉を述べた。大逆転の勝利が転がり込むのだろうか。そうではなかった。

 


 「私たち、みんなで楽しく遊んでいる友だちでしょ、これからも、そういう2人でいましょう。でもね、きょう、私のために、気持ちを伝えてもらって、ほんとうにうれしかったよ」

 「あ、ふられた」「ふられとんしゃあ」
 隣の女子高校生の声が聞こえる。そげなこと解説してくれんでも、俺もわかっとう!

 僕はがっくりと、力が抜けた。トノヤマユウコさんは、何もしゃべらなくなって、うつむいた俺に声をかける。

 「これから、どうする?帰る?」
 「うん」

 キリマンジャロコーヒーはすっかり冷めていて、僕はもう飲むつもりもなくしていた。トノヤマユウコさんは、黙ってレシートを持つと、僕の分までいっしょに払ってくれた。僕はトノヤマユウコさんの後ろから、力がない犬のように従順に、ついて店を出た。

 「元気だしてね」
 トノヤマユウコさんに声をかけられて、駅前で別れた。

 それからしばらくして、学校が終わり、街の書店にいると、「あ、ほら、ふられた人」と指をさされたので、振り向いたら、あのとき隣の席にいた高校生4人が全員そろっていた。

 「ふられた人」は、なかろうもん!腹が立つやら情けないやらで、急ぎ足に通り過ぎた。

   
 

 あれから15年。トノヤマユウコさんは、3人の子の母になり、青春時代とは別人のように、大きな声で語るたくましい親になった。

 一方、僕は、トノヤマユウコさんに振られて五年後、あのとき隣の席にいた女子高校生の一人と結婚した。
 今でも、夫婦喧嘩をするたびに、「あんたが喫茶店でふられて、可哀想やったけん結婚してやったとに!」と、責められる日々である。

   
 

 また失恋実況中継の舞台となった喫茶店は、今も同じ場所で営業している。先日、偶然にも仕事の打ち合わせで連れていかれて座った場所が、あのときと同じ席だった。

 テーブルこそ変わっているが、場所が持つ呪縛は同じだ。僕は、目の前に座った入社3年目の女性の営業担当に、じっと見つめられて、「コーヒーにしますか?」と質問されたとき、あの日と同じように、飼い主に叱られた犬のような視線になって、「キリマンジャロ飲みたいです」と敬語で答えていた。

 場違いな敬語をあわてて打ち消すために、今度は子供に接するように言葉を続けた。

 「そして君はモカにしなさい。僕がおごるから」

【コーヒー嫌いな私が身体を張って喫茶店レポートした企画】
http://www.nishinippon.co.jp/media/A-3000/9712/cafe/cafe3/saikyo-top.html

   

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