第20回
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■ ふとんに、愛を込めて

 突然ですが、ふとんは最高だ。

 冬ともなれば、その感触は甘美そのものである。
 ふとんこそ、人類が発明した文明の利器の中で最も実用的で、最も罪のないものだ。
 ヒトたるものが快適に睡眠を享受するには不可欠であり、まったく贅沢な代物であるとさえ言える。野外の寒風吹きすさぶ野ざらしで、ガチガチと歯を鳴らしながら震えて眠る事を想像してみるがいい。
 ふとん、欧米ではベッド、もっとスケールをデカくしてひとくくりに言えば、寝具。枕込み。
 ふわふわ、かつ、ふかふか。
 断言しよう。ふとんこそ人類が異性人に胸を張って見せびらかす事の出来る「睡眠欲充足用器具」であり「体力回復器具」であり、その保温機能により自分の体温を使って自分を暖めるという、実に合理的で実にエコノミカルな優れものなのだ。
 この点に関して言えば、コタツや猫より優れている。コタツは電気がいるし、猫は飯代や世話がいるからだ。ションベンをかまされる心配もしなくていいし、気を許した途端大黒柱をガリガリされる心配もない。ツナ缶で御飯喰う時そばに来て「ホニャー」とうざくないし。
 天日で干せば、快適度アップ。日光の匂いがして、いいもんだ。

 考えてみたまえ。
 
 人間の三大欲、食欲、性欲、睡眠欲。これにプラスして、清潔欲、排泄欲、権力欲、お金欲しい欲、遊びたいな欲、コーヒー飲みたい欲、ビールも呑みたい欲、喫煙欲、旅行行きたい欲、たまに銀行強盗したいな欲、AV借りたい欲、寝ている奴の額に「怒りマーク」書きたいな欲、などいろいろあるが、やはり満たされて最も幸福感を感じるのは睡眠欲ではないか。
 これはいろいろ意見がおありだろうが、俺はそう思う。
 たっぷりと睡眠を摂った時の爽快感、充実感たるや得難いものだ。いや、最高。
 思いっきり疲れた時に思う事。メシ喰いたい、ノー。風俗行きたい、ノー。そう、それもあるだろう。何を真っ先に満たすかは、それこそ人によって千差万別だろう。
 しかし、今にも昏倒しそうなぐらい疲労困憊な時に、思う事。
 
 そっこー、寝る。
 だ。
 
 風邪を引いた時に何を思う?
 
 ぜってー、寝る。
 だ。
 
 そうではないだろうか?
 着の身着のままにせよ、ひとっ風呂浴びてメシとビールを三日間絶食したライオンのような勢いで体内に取り込んだ後にせよ。
 甘美なる快楽の園、ふとんへダイビングではないだろうか。
 あのコへダイビングもいいかもしれないが。
 睡眠とは、まず何より優先されるべきものではないだろうか。
 何よりの疲労回復の手段。疲れた頭を癒すもっとも確実な方法。
 人間の肉体は睡眠時に修復、再構築化されるという。脳の機能もそうだ。記憶を再構成するのも睡眠時だ。
 精神的にもそうだろう。前の日に嫌な事があっても、寝れば一発で忘れる、という方も多かろう。気分転換には最高だ。ムシャクシャした時には結構効く薬なのだ。
 しかも、この睡眠欲。満たす時には誰にも迷惑かけず(かける場合もあるが)、金もかからない、というのがいい。厳密に言えば、一定の快適さを求めれば宿泊施設、寝具などがいるだろうが、人間死ぬほど疲れればどこだろうと寝てしまえるのだ。
 締め切りで切羽詰っているとか、寝坊して遅刻癖があるとか、車や新幹線の運転中、とか、そういうのじゃない限りは別段誰でも大目に見てくれるのではないか。
 新兵を男にするために未明からベッドを引っくり返して吠えまくる鬼軍曹ではない限りは。
 まあ、可愛い欲望という意味合いだ。
 食の欲求を満たすための争いと悲劇は地球上で枚挙に暇がないが、睡眠の欲求で斬った張ったの大騒ぎが起こった話は聞かない。あるかも知れないが。
 枕やふとんの奪い合いでミサイルが飛んできたり、湯たんぽの利権を巡って国境紛争が起こったりするだろうか。するかも知れない。我々は幸福にも物に恵まれているからそんな目に遭わなく済んでいるのかも知れない。
「俺は寝たい」と横断幕を掲げて街頭でシュプレヒコールでもすれば、道行く人に「勝手に寝てろよ」と一蹴されるに違いない。しかも、「一生」と辛口に付け加えられる事請け合いだ。
 まあ結局貴様は何が言いたいんだという所に落ち着くのだが、言わんとする事はこうだ。
 
 ふとん、最高。
 ふとん、万歳。
 
 もう一つ言ってやれば、ふとんに最敬礼、である。
 人間の根源的な欲求、睡眠欲を満たしてくれる、ふとん。しかも(程度によるが)より快適に。
 寝る、という行為を芸術にまで昇華させた、偉大な器具。睡眠という生理現象を罪深い快楽にまで高めた、人類最良の伴侶。
 「もっとここにいたい」「もっと睡眠を」「会社なんてクソ喰らえだから、あと五分」「目覚ましぶっ壊す」というような、そこから脱却する事すら拒絶させるような、陶酔する他ないほどの魅力で我々を甘く誘惑する。
 侮るなかれ、ふとんは偉大なのだ。人類はふとんから足を出してもいいが、足を向けて寝てはいけないのである。
 そんなウルトラリスペクト級の敬意を込めて、ここに賛辞を並べ立てた次第だ。
 そんな他愛もない事を夢うつつで考えていたのですが。
 しかし、そんな桃源郷をぶち壊す奴がいる。許せない奴がいる。
 猫。
 漆黒の闇に光る一対の眼。
 「ナーオ!!(これを無限に繰り返す)」
 しなやかな肢体をくねらせて、そこいらをとことこ歩き回るキジトラの悪魔。
 その時俺は寝ぼけ眼で薄らぼんやりとこう思うのだ。

 やっつける。

 人が眠りに落ちるや否や、部屋に侵入し、犬よろしく吠えまくる、唾棄すべき四つ足。
 こいつの「就寝中の人間を起こす」癖には心底たまらん。
 こちらももう慣れてきたのだが、最近特にひどいので参る。
 寂しいのはわかる。心細いのはわかる。しかし、だからってこんな無体はない。俺の安楽郷を粉々に打ち砕く、大音量の鳴き声。俺を夢の世界からお寒い現実の世界へと引き戻す、非情なサイレン。
 まざふぁっかな、毛皮付き尻尾付き肉球付き生体サイレン。
 奴はそこら中を徘徊し、間断なく喚き散らす。
 こういう具合にだ。

 うろうろ、にゃーにゃー。
 うろうろ、にゃーにゃー。

 「てめーは、うろうろにゃーにゃーか!!!」
 なんだそりゃ。
 ふとんをばっと跳ね上げて一喝し、その直後我ながら後悔する瞬間だ。
 俺とした事が、なんて赤面ものの台詞を吐いてしまったものか。
 この辺は似たような事を前書いたので、このくらいにしておこう。

 とにかく、いつか逆襲してやる。もう我慢できん。
 寝付いた猫の耳元で、うろうろにゃーにゃー、だ。


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