第18回
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■ ナポリタン・ラプソディ

 日本の食卓にパスタが進出してどれくらい経つのだろうか。
 そんな事はどうでもいいが、今現在パスタといえばとんでもなく種類があり、麺類業界の一ジャンルを形成している。
 今や「10秒数えるうちに洋食を10品挙げよ」と街頭質問されれば、必ずスパゲッティ、パスタと出てくるに違いない。よほどの自国の食文化を愛する日本食ナショナリストでも無い限り、そうなるはずだ。
 
 その双璧。すぐ連想できるのが「ミートソース・スパゲッティ」、それに「ナポリタン」だ。
 
 かつて、パスタだのスパゲッティだのという代物は、主にこれだったはずだ。大衆レストランや小粋な洋食屋さん、軽食を提供する喫茶店のメニューを彩る代表的スパゲッティは、この二つだったのではないか。もちろんそれが全てではないだろうが、そういうイメージがある(専門的なスパゲッティ屋さんなどはこの限りではないだろう)。家庭でもスパゲッティだのは割と頻繁に食べられていたが、今ほど種類もなかっただろう。
 
 かたや、茹で上げた麺にソースぶっかけ式。
 かたや、茹で上げた麺にトマト味からめ式。

 いずれもこってり。
 
 知名度、完成度といい申し分ない、と主観的に断言したい。
 お子様に大人気で、日本の国民食の一つとしての地位を確立している。戦後の大衆食の王道の一つである。
 外食として、家庭料理としても、すっかりレギュラーである。日本標準の喰いモンなんである。
 頑固親父気質全開のこだわり料理人がこだわり特選素材で気合の入ったホンマモンを作る際は置いといて、普通に作るなら比較的家庭でも割合手軽に造れる。コストもさほどかからない。ナポリタンなどはあり合わせの材料でもフライパンの中にぶち込めばいいし、極言すればホールトマトだのトマトピューレだの細かい事を言わずにトマトケチャップさえ用意すれば、出来てしまうのである。もっと極端に言えば具が無くても、トマト味で赤ければナポリタンなのだ。
 缶詰とかレトルト製品を併用すれば、より手早く確実に短時間で高効率に作れる。今現在ではこちらの方が主流なのではないか? 麺茹でて中身かけるか、からめるかすりゃいいので、単身赴任のお父さんや独身男性、苦学生などにはうってつけだ。
 最近はスーパーで麺やソースのレトルトや缶詰が投売りされているので、コストパフォーマンスは抜群なのだ。給料日前のサバイバルには大助かりなのだ。
 ミートソースなどは学校給食においては、あの王者「カレー」にも引けを取らない存在感だ。たしか「ソフトめん」だったっけ? こいつが出てきた時には子供の受けが違う。給食界の主砲であるといっても過言かも知れないが俺は過言ではないと信じる。「ミートソース」という字が今月の給食のメニュー(ザラ紙)に踊っていりゃあ、それだけでよだれモンなのである。
 給食ナポリタンも結構なものだ。あのマスプロ生産の産物とでもいうべき致命的なまでにイったぶつ切り麺。大鍋の中で大量に材料をぶち込み、かつオバちゃんパワー全開でこねくり回すからだろうか。よく「大鍋で沢山作るとおいしい」というが、そんなものを余裕で超越した変わり果てたお姿。麺というより、単なるグルテン、炭水化物の塊とでも形容すべき有様となって教室に出てくるそれを、パンに乗せて食べるのは格別なものだ。炭水化物と炭水化物との美味しい出会いだ。
 
 今でこそパスタといえば、それこそ幅広くバリエーションがある。
 
 カルボナーラ、ぺペロンチーノのよく知る定番から海鮮スパ、冷製スパ、スープスパ・・・・その種類の多彩さたるや、ミートソースやナポリタンで小躍りしていた大昔とは隔世の感がある。ミートソースのさらにその上に死ぬほど粉チーズを振りかけて喜んでたよき日とはえらい違いなのだ。
 「車海老と旬のキノコのクリーミーソース仕立て」、「イカスミ本場イタリア風パスタ」、とかいうとってつけたようないやに説明的なネーミングなのは枚挙に暇が無い。
 果ては、某店舗での話だが・・・「鬱屈したメランコリックな気分な時に食べるパスタ(例)」だの、「何気にファシストっぽくなりたい時に食べるパスタ(創作)」だの、「最高に寒いというのに突然点火しなくなった石油ファンヒーターを逆上のあまりボコボコに叩きのめしたい時に食べるパスタ(完全な創作)」だの、わけのわからないネーミングのパスタがあるほどだ。
 とにかく、凄い種類と味の幅広さだ。
 前世紀の80年代後半あたりからのイタメシ屋隆盛で、こうなったのか(憶測)。
 そのブームの追い風を受けたファミリー向けパスタ専門店の飲食業界殴りこみでこうなったのか(憶測)。
 かつてミートソース、ナポリタン一辺倒だったデパート内テナントの大衆向けレストランも、パスタメニューを充実させている。
 まあいい。選択肢が多い事は何にしてもいいもんだ。
 
 だがしかーし。
 
 こんなご時世なればこそ、俺は食のレジスタンスとして提言し、僭越ながら苦言も呈する。
 スパゲッティ界のホームラン王を忘れるな!!
 である。
 子供達の永遠のアイドルを忘れるな!!
 である。
 ここからは、俺の超個人的好みで物を申し上げる。
 永遠の双璧、テリー・ファンクとドリー・ファンク・ジュニアのようなゴールデンコンビともいうべき食の強力タッグを忘れてはいけないのである。
 ミートソースもよろしい。だが、俺の心の桃源郷を満たすのは、その片割れだ。
 そう「ナポリタン」だ。ここからは、ナポリタン賛歌を高らかに歌い上げていきたいと思う。

 あるいは狂詩曲、ナポリタン・ラプソディ。

 ナポリタンを軽んじてはいけない。

 ナポリタンを嘲弄し、お子様的味覚を満足させるものだとして軽く扱う向きがある。ああよく言うだろう、ひなびた大衆レストランのガラスケースを指差して「子供の喰いモン」だと。おまけに「麺が立ち上がってフォークを空中で支えている」という重力の法則が狂った描写の模造品ナポリタンの横に、「一緒にどうぞ」と言いたげにオモチャのようなオレンジジュースでも寄り添っていたら、もうレッテルは貼られたようなものだ。
 確かにナポリタンにはそういうところがある。否定はしない。
 これは仕方がないんだ。
 あの濃い、トマトが強く主張しているお味は子供向きだ。微妙な味加減、苦味を是とする大人の味覚なら、鼻について仕方がないという感じだ。
 年端もいかない子供が先割れスプーンを振り回しつつ前をケチャップで汚し、ナポリタンを喰っている様ときたら、もうこの風潮に決定打を与える光景だ。思わずそこで「こんな汚れも大丈夫の驚きの白さ」と洗剤のコマーシャルでもしたくなる。加えて、洗剤の成分が汚れを落すシーンのイメージ映像まで挿入されれば完璧だ。
 俺としては、こんなイメージを払拭したく思っている。
 その功績に比べて、あまりにもぞんざいな扱われぶりだからだ。
 高級志向ぶってお上品にスプーンとフォークで器用にパスタをすするイタリアかぶれのエエカッコシイのカップルも、昔はナポリタンを喜んで喰ってたんじゃないのか!!
 ガキの頃赤い麺のそこかしこに顔を覗かせている輪切りのピーマンをどうしたものかと、無駄な思案に暮れていたんじゃないのか!?
 ナポリタン喰った後に、テーブルの片隅に常備してあるナフキン数枚引っこ抜いて、それを口元で赤く染め上げていたんじゃないのか!?
 一昔、二昔前はスパゲッティの代名詞といえば、ミートソースがけのやつと、このナポリタンだったじゃないか。
 
 皆ナポリタンで大きくなったんだ!!

 ある外人さんはこう嘆いた。
 ニホンジン、スグアタラシイモノトビツク。
 そうだ。新しいものを取り入れていく姿勢はいい。革新なくして進歩なし。未来はいつだって過去より勝る、という。
 加えて、異文化を積極的に取り入れ、真摯に学び、自家薬篭中のものとする事によって、日本は進歩した。極東の島国が技術力と工業力をつけ、模倣と研究と分析を繰り返して欧米列強に喰らいつき、戦後もエコノミックアニマルと揶揄されながらも経済大国と呼ばれるまでに発展した。
 近年本格的パスタ料理が一般化、普及化している。イタリア気質満点の本格派ホンマモンパスタが世間で手軽に食べられるようになり、知名度を増している。日本においてパスタ文化華やかなりし時代となったわけだ。
 そういう文明開化パスタ軍団に魅せられ、狂奔するのもいい。
 だが、物珍しいものに目を奪われるあまり、貴重な食文化遺産を軽視し、価値を低下させ、これを枯死させてはいかん。
 ナポリタンというものの秘められたポテンシャルというものを再確認し、これを末永く後世に伝えなければいけないのだ。
 
 ご存知だろうか・・・「ナポリタン」というパスタは、イタリアにはないのだ。

 ナポリタン関係の某サイト数件を覗いて得た知識なのだが、その多くがこの事実を指摘していた。
 辞書でナポリタンと調べてみれば「ナポリ風」とものしてある。
 しかしご当地ナポリだろうが、イタリアのどこだろうと、ナポリタンはないのである。
 そうらしいのだ。
 俺は実際にイタリアに飛んで事実関係を確認するほど熱くはないので、この情報を鵜呑みにする事にした。
 我々にエッセンシャルなイタリアイメージを長年伝えてくれていたこのナポリタンは、日本人主観イタリアステロタイプの虚像だったのだ。一番イタリアっぽいと思わせといて、大変な大嘘だったのだ。
 しかし、その功罪をうんぬんするのはこの際ナンセンスだ。
 考えてみるがいい。視点を変えて考えれば、これは日本独自のオリジナル・パスタなのだ。
 そして、さらに言うならば、日本のスパゲッティ文化が作り出したマスターピースなのだ。逆輸入パスタなのだ。
 さらに弁護するなら、あくまで「ナポリ風」のスパゲッティという事なのだから、別に嘘をついてはいないのだ。「ナポリっぽい」スパゲッティという事なら、問題はないのだ。
 そして、長く・・・今においても、日本のパスタ界を牽引し、新参連中からの追撃で衰微したとはいえメインストリームにあるのである。レストランの定番メニュー、一般家庭料理の不動のレギュラーなのである。
 戦後の日本食パージ的「洋食ブーム」をハンバーグ、海老フライ、グラタンなどといった強豪洋食軍団と共に支えた雄なのである。
 なにより、今もって多くの日本人に愛されている。
 確かにナポリタンは身近だ。ありふれた存在だ。それこそ喰われ尽くされた存在だ。何もそこまでおだをあげるほどのものでもないのかもしれない。
 しかし身近であるため、あまりにそうであるために、その大切さ、得難さを忘れているのではないか。
 それは若さゆえの失恋の後悔、あるいは倦怠期ゆえの愛の冷めた家庭内別居の過ちに似ている。
 危険な事だ。
 たまにあるだろう。
 
 ある時ふと、無性にナポリタンが食べたくなる時が。
 
 あの味が我々の潜在意識に刷り込まれ、あるふとしたきっかけでその味を求めてしまうのだ。
 ナポリタンというものは、それほどの魅力を持っているのだ。奥が深いものなのだ。
 考えてみた事はあるだろうか。ナポリタンのそのポテンシャルというものを。ナポリタンというものは、充分単品でも主役を張れるが、バイプレーヤーとしても優れている。
 
 実際何かのつけ合わせに大活躍ではないか。幕の内弁当の中で後見人顔で居座っている、あの赤いものはなんだ?
 
 ナポリタンだ。
 
 他のパスタではこうはいかない。脇を固めて主役をもり立てていくというのも、これはこれでなかなか難しいのだ。
 お子様ランチの可愛い系のお皿の一角を占めているのは何だ?
 
 ナポリタンだ。
 
 ハンバーグが我が物顔でのさばっているその片隅で、千切りキャベツと一緒に控えめに鎮座ましましたるのは何だ?
 
 ぺペロンチーノなわけはない。ナポリタンだ。

 もしハンバーグの横にイカスミパスタなんか乗っかっていようモンなら、その皿片手に厨房へ殴りこみをかけ、この神をも恐れぬ暴挙に対して小一時間ばかし説教をたれてやりたくなる。
 思い出してみてくれ。
 ナポリタンを喰ったあとの、あの満腹感を伴った満足感。充足した得難い瞬間。
 「あースパゲッティ喰ったー」というあの感じ。
 これだけでも、生きる活力が沸いてくる。
 多種多様なパスタが跋扈する新世紀初頭なればこそ、今一度原点に立ち返ってナポリタンを再考していきたい。

 そして口元には、目も覚めるようなナポリタン・レッド

 最後に、自分本位流こだわりナポリタン。
 
 大した凝った食材はいらない。ピーマン、玉ねぎ、マッシュルーム、ソーセージを基本とし、あとは何だっていい。肝心の味付けは、ホールトマトでも、トマトピューレでも、ケチャップでも、市販の出来合いソースでも何だっていい。ただ、ケチャップの方が、大衆食っぽくていい。狙いはその辺だからだ。
 レシピも通常のナポリタンと同じだ。
 まず、麺を茹でる。茹で具合をチェック。
 程なくアルデンテ状態になる。ソースを絡めるので、本来ならその数歩手前ぐらいで引き上げるべきだが、あえて無視する。アルデンテでなくなり、麺が致命的に弛緩しても、心を鬼にして無視を決め込む。
 「茹で過ぎ」の最悪の状態の麺を引き上げ、通常のナポリタンと同じ手順で調理する。
 当然、麺はぶちぶちと千切れ、スパゲッティを語るにはおこがましいほどの惨状が繰り広げられる。が、鬼軍曹のような愛のあるサディスティックさで、その光景を悦に入った表情で見詰める。
 出来合いソースにせよトマトピューレにせよ何にせよ、トマト味の素を投入する際、量は気持ち多めで。
 トマト味の素が麺にしっかり絡んだら、出来上がりとなる。
 これぞ、「学校給食風、スーパー惣菜風千切れナポリタン」だ。
 某店舗風に言えば、「へそ曲がりつむじ曲がりのための何かが間違っているナポリタンっぽい別の食べ物」でもいい。
 これは我ながら、ナポリタンの邪道であり、オリジナルへの冒涜であるばかりか反則であり、最悪の二次使用であり暴挙であり、ブッシュ政権が見たら即日経済制裁ものの反世界的行為だ。スパゲッティを僭称するには麺がイキまくっている。フォークでまともに絡み取れないし、すすれも出来ないのだ。もはやスプーンや箸で口に運んだほうが効率がいい。まったく別物の食べ物として捉えてもらっていい。
 しかし、わざわざ作るのだから、俺はこれが好きだ。正統派のナポリタンも大好きだが、この独特の食感がいい。
 これは個人的嗜好だからお勧めできない。やっても責任は負いません。
 
 あと、スーパーによく置いてある袋麺ナポリタンも大好きです。あの、仕上げに粉でトマト味つける奴。

 んー、ボーノ。


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