| |
|
|
|
|
![]() |
第18回 | |
|
|
| |
![]() |
![]() |
|
|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
|
|||
| ■ ナポリタン・ラプソディ 日本の食卓にパスタが進出してどれくらい経つのだろうか。 そんな事はどうでもいいが、今現在パスタといえばとんでもなく種類があり、麺類業界の一ジャンルを形成している。 今や「10秒数えるうちに洋食を10品挙げよ」と街頭質問されれば、必ずスパゲッティ、パスタと出てくるに違いない。よほどの自国の食文化を愛する日本食ナショナリストでも無い限り、そうなるはずだ。 その双璧。すぐ連想できるのが「ミートソース・スパゲッティ」、それに「ナポリタン」だ。 かつて、パスタだのスパゲッティだのという代物は、主にこれだったはずだ。大衆レストランや小粋な洋食屋さん、軽食を提供する喫茶店のメニューを彩る代表的スパゲッティは、この二つだったのではないか。もちろんそれが全てではないだろうが、そういうイメージがある(専門的なスパゲッティ屋さんなどはこの限りではないだろう)。家庭でもスパゲッティだのは割と頻繁に食べられていたが、今ほど種類もなかっただろう。 かたや、茹で上げた麺にソースぶっかけ式。 かたや、茹で上げた麺にトマト味からめ式。 いずれもこってり。 あるいは狂詩曲、ナポリタン・ラプソディ。 ![]() ナポリタンを嘲弄し、お子様的味覚を満足させるものだとして軽く扱う向きがある。ああよく言うだろう、ひなびた大衆レストランのガラスケースを指差して「子供の喰いモン」だと。おまけに「麺が立ち上がってフォークを空中で支えている」という重力の法則が狂った描写の模造品ナポリタンの横に、「一緒にどうぞ」と言いたげにオモチャのようなオレンジジュースでも寄り添っていたら、もうレッテルは貼られたようなものだ。 ある外人さんはこう嘆いた。 ナポリタン関係の某サイト数件を覗いて得た知識なのだが、その多くがこの事実を指摘していた。 もしハンバーグの横にイカスミパスタなんか乗っかっていようモンなら、その皿片手に厨房へ殴りこみをかけ、この神をも恐れぬ暴挙に対して小一時間ばかし説教をたれてやりたくなる。 そして口元には、目も覚めるようなナポリタン・レッド ![]() 大した凝った食材はいらない。ピーマン、玉ねぎ、マッシュルーム、ソーセージを基本とし、あとは何だっていい。肝心の味付けは、ホールトマトでも、トマトピューレでも、ケチャップでも、市販の出来合いソースでも何だっていい。ただ、ケチャップの方が、大衆食っぽくていい。狙いはその辺だからだ。 レシピも通常のナポリタンと同じだ。 まず、麺を茹でる。茹で具合をチェック。 程なくアルデンテ状態になる。ソースを絡めるので、本来ならその数歩手前ぐらいで引き上げるべきだが、あえて無視する。アルデンテでなくなり、麺が致命的に弛緩しても、心を鬼にして無視を決め込む。 「茹で過ぎ」の最悪の状態の麺を引き上げ、通常のナポリタンと同じ手順で調理する。 当然、麺はぶちぶちと千切れ、スパゲッティを語るにはおこがましいほどの惨状が繰り広げられる。が、鬼軍曹のような愛のあるサディスティックさで、その光景を悦に入った表情で見詰める。 出来合いソースにせよトマトピューレにせよ何にせよ、トマト味の素を投入する際、量は気持ち多めで。 トマト味の素が麺にしっかり絡んだら、出来上がりとなる。 これぞ、「学校給食風、スーパー惣菜風千切れナポリタン」だ。 某店舗風に言えば、「へそ曲がりつむじ曲がりのための何かが間違っているナポリタンっぽい別の食べ物」でもいい。 これは我ながら、ナポリタンの邪道であり、オリジナルへの冒涜であるばかりか反則であり、最悪の二次使用であり暴挙であり、ブッシュ政権が見たら即日経済制裁ものの反世界的行為だ。スパゲッティを僭称するには麺がイキまくっている。フォークでまともに絡み取れないし、すすれも出来ないのだ。もはやスプーンや箸で口に運んだほうが効率がいい。まったく別物の食べ物として捉えてもらっていい。 しかし、わざわざ作るのだから、俺はこれが好きだ。正統派のナポリタンも大好きだが、この独特の食感がいい。 これは個人的嗜好だからお勧めできない。やっても責任は負いません。 あと、スーパーによく置いてある袋麺ナポリタンも大好きです。あの、仕上げに粉でトマト味つける奴。 んー、ボーノ。 |
|
|
||
| |
Copyright (C) 2001-2005 CARAMELPOT.COM |
|
||