第15回
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■ ネット観光への挑戦

 何気に、観光したい、と思った。

 どこだって、いいんだ。
 おフランスでも、中国でも、国内のほんの近場でもどこだっていい。
 なんかどっか適当に出向いて、名勝の地で絶景に感動しーのそこでしか味わえない土地の空気って奴を胸いっぱいに吸い込みーの、史跡を探訪したり、名物料理に舌鼓を打って、温泉とかで浮世の垢を落としたりーのしながら、なんとなくまったりとしたいものだ。
 俺が言っているのは、旅、ではない。観光だ。
 旅と観光では、まったく趣がことなってくるのだ。
 旅とは苦労しつつそれを糧とし、学習するためのものじゃないのか。もしくは、心の傷を癒すために、考えをまとめるために、いつもとは異なる環境に身を置き時を過ごすものではないか。それが楽しい、楽しくないは別にして、だ。
 旅というのは、自分に何かを与えるためにするものなのだ、と、俺の恩師はいった。俺もそう思う。それでこそ価値があるものなのだ。
 異国、異郷の環境ってものを自分の皮膚感覚で学び、吸収する。そこで得た経験を得難いものと考え、これまた吸収。人々との出会い、交流、別れ、そうやって見聞や知識、自分自身の見識をブラッシュアップしていき、己を磨くのだ。別に磨く気がなくても、磨かれるのだ。
 旅とは、貴重な経験だ。身につくものだ。「可愛い子には旅をさせろ」とよく言う。それは、旅をさせりゃあ、その子の成長に一役買う、という事なのだ。
 観光は、どうだ?
 イメージ的にちょっとミーハー感が強くなってまいります。
 ご当地ご自慢の名勝地、温泉、おいしい料理を提供してくれるムード満点のお店、お宿・・・そこでしか味わえないイベント、スポーツ、そこにしかない建物を見てカメラでパシャパシャ、一人でも結構だが、カップルや団体さんならぺちゃくちゃ語らいながら大いに楽しめそう。おっと、ショッピングも忘れちゃいけない。お土産もゲットしなくては・・・。
 
 だ。

 観光これすなわち余暇を有効有益に活用するレジャーなのである。レジャーのホームラン王です、なのである。
 浮世で蓄積したストレスの解消の場、お楽しみの場、明日への活力源となるべき楽しんでしかるべきものなのである。
 楽しんで楽しんで楽しみまくってここぞとばかりに散財して日常を忘れるのである。観光業界が成り立とうというものだ。
 俺は、それがしたい。久々にだ。やろうと思えばできる。
 しかし、いざ鎌倉となればこれがたいそう難儀なのだ。
 ます、準備だ。日帰りならそうたいした根回しや準備、荷造りは必要ないが、これが一週間とかそういうレベルになると代えの下着とか服とか、やれ歯ブラシ、やれお気に入りの抱き枕、やれ棍棒は薬草はと、普段気にしない仔細な事に気を揉まなければいけない。そしてたった一週間だというのに夜逃げ同然の大荷物になってしまうのだ。
 俺はコンタクトを愛用しているので、そういうケア用品にも留意しなければいけない。しなくても死なないしちょっと困る程度だが、しといたほうがいいのは自明の理だ。
 これが海外だとなお大変だ。日本とは勝手が違うだけあっていろいろ心配事がでてくるものなのだ。なあにそういうのはおのずと何とかなるもんなんだろうが、旅慣れしてない身をしては「最悪の事態」に備えるべく「備えあれば憂いなし」の格言にのっとってあれこれと備えちゃうのである。
 腹が下ったらこれ、風邪を引いたらこれ、汗をかいたらこれ、足が痒いとこれ・・・日本のドライヤーはあっちで使えるの? あ、梅干しとかインスタントのラーメンとか味噌汁とかあったほうがいいよね。となれば醤油もマストだな。あ、ごはんも・・・いい加減にしなはれ、ってな感じだ。
 荷造りだけで半日作業(かかる奴もいるんだ実際)。買い足したり、必要なしと間引いたり。部屋の中にはあれこれ物が散乱し、散らかしているんだか、荷造りしてるんだかわからない状態となる。
 おっくうな話ではある。そういうのは至極当たり前の話で、別段大した事じゃない、それも一理だ。だが、面倒な事には変わりがない。「荷造りから旅は始まっている」とかいう「家に帰るまでが遠足」的論法で言い、これも楽しむべき要素だよ、と締めくくる向きもいる。結構だ。否定はしない。
 だが、面倒な事には変わりがない。
 
 面倒といえば、「移動」もそうだ。

 特にゴールデンウィークの全国的観光、帰省ラッシュで、乗車率百パー越えの超満員新幹線、渋滞で時速一桁級のスピードでしか進まない車・・・こういうのに出くわすと、早く「瞬間移動装置」が実用化しないものかと切に夢想するのだ。特に、トイレが近いときはだ。瞬間移動装置なら、一足飛び。だが、転送途上でハエと合体したら困るのでやめとこう。
 オーケー、オーケー。「移動」も観光の一つ。大事な要素なんだ。じつに結構なものなんだ。道中の景色を眺め、連れと談笑する。車で移動中なら音楽でもかけて、車内カラオケ大会とか、肝試し大会とか。列車なら駅弁喰ったりとか、楽しみはあるんだ。大事な思い出になるんだ。
 しかし、人間いざ行動し、自分の体をいずこかへと運搬しなければならないとき、あれこれと心配したり思いを巡らしたり、手間とかを考えると、やはりそれはそれでかったるい思いをしなけれはいけないのである。

 そこで、だ。

 瞬間的移動、一足飛び・・・なら、あるじゃないか。
 たとうべき人類の大発明、インターネットである。
 URLを入力、もしくは検索エンジンで見つけた「コレは」というサイトへ・・・どうだろう、頭悪いほど当たり前の事をいっているが、まさに「一足飛び」で移動できてるじゃないか。これは使える。ネットはどこだっていけるのだ。世界中の人たちと交流ができるのだ。さらにいえば、サイトというのはその土地土地でそこにいる人々が作ってアップしているのだ。ネット環境さえあれば、俺はどこだっていける理屈なのである。少々無理があるのは自分でもわかっている。
 この利点を利用して、「観光」できないものだろうか・・・。
 観光地の情報サイトってのは、よくある。その土地の観光協会が作ってる紹介サイトだ。その観光地のいろいろな特色、歴史、おいしい店、お勧めの宿、そこへいたるアクセスさえもわかりやすく詳しくものしてある、いわゆるガイドブック調のやつだ。特産物のネット通販さえできるものもあるのだ。
 そのサイトを覗けば、少なくとも「行ったような」気分にはなれるのである。あくまでも「行ったような」である事は強調しておく。五感を総動員して感じる「その場」の「実感」てものに勝るものはないからだ。
 だがだ。
 そこの空気、気候、景観、郷土料理の味・・・それらの旅情要素は、人間の感覚器というセンサーにとっては、単なる情報に過ぎないのだ。
 ごく単純化してみよう。そういった「情報」らと、人と人との交流(これはネットではある、ただ面と向かって顔を突き合せないだけだ)さえあれば、自宅でパソコンに向かっていても観光できうるのではないか。これに「皮膚感覚」と「味覚」「嗅覚」が加われば、言うことなしだが。
 わかっている。かなり強引だ。「実感」の伴わないものは結局「仮想」でしかない。無味乾燥、味気なし、だ。代用、本物のない時に代わりに使うもの、だ。
 だがそれで片付けるのは空しいじゃないか。不可能なことに挑戦するのが、チャレンジャーなのだ。馬鹿ともいう。だが、思いついた以上、俺はさらにイメージをしたい。より具体的に。
 移動なし、荷造りなし、自宅で快適ネット観光だ。

 俺はそのヒントを今流行りのオンラインゲームに見出したい。
 
 オンラインRPGがイメージに近い。その通り、現実に模した観光地をRPG風のフィールドとして構築し、そこをネット上に開放してユーザーに「観光客」として訪れてもらうのだ。
 この観光地フィールドは緻密に作られており、現実にあるもののイメージをスポイルせずに忠実に再現されている。プレイヤーはどこへだって移動可能。どこの観光スポットへ行こうがプレイヤーの自由。時間軸があると面白いだろう。
 史跡、景勝地などには、クリックに反応して出る説明文やグラフィック、ムービーはもちろん、仮想ガイドさんも巡回している。
 サウンド面も可能な限り実際のものをサンプルしてBGMとして流す。川のせせらぎ、森林公園での鳥のさえずり・・・。
 観光地には、プレイスポットがつきものだ。パラグライダーとか、スキー、テニスとか。これはミニゲームとして楽しんでもらえばいい。ランキングがあり、上位者にはご当地プレミアグッズをプレゼント、とか出来たら燃えるかもしれない。
 オンラインで複数のユーザーが同じネット空間を共有しているのだから、「観光客」同士の交流も可能だ。ミニゲームの対戦はもちろん、旅は道連れや、リゾラバ、も可能。それがこうじてオフ会的リアル観光に発展するかもしれない。
 観光といえば、ショッピング。オンライン・ショッピングも可能。
 これは、実在の地元の店舗がネット出張所という形で店を構えており、そこに入るとショッピングへ。ご当地でしか買えない特産品が通販できるのだ。そこには店員さんが常駐しており、あれこれ説明、勧めたりする。値切りも可、だ。
 仮想ホテル、ペンションなどでは、実際にリアル観光の予約もできる。
 
 この仮想観光地へのユーザー登録後、「スターター・キット」がユーザーの所へ郵送されるとよい。
 このキットには、ご当地の空気を閉じ込めた缶詰、もしくはそんなイメージの芳香剤、おすすめの食べ物(レトルトとかインスタント)、おすすめの温泉(まんま湯の花でもいい)をイメージした入浴剤などが梱包されている。これで無味乾燥なネット観光のたりない部分を補おうという次第だ。
 かなり苦肉の策っぽいが、どうだろう。
 どうだろう、ネット観光、多少苦しいところはあるが、いいかも知れないじゃないか。
 ネックはやはり「実感」・・・。何事も実感に勝るものはない。それは単なる情報では伝わらないものだ。
 全ての感覚をコントロールし、本当の「仮想現実」・・・「そこにいるような感覚」を見させてくれるインターフェースの登場が待たれる。
 もしそれが実現したら、世界は、社会は、人は、どう変わるだろうか・・・。

 とりあえず次の休みにどっかいくか。


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