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第13回 | |
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| ■ ファミコン狂時代 夜。春風吹く、夜。 風呂上がり20分後の俺はというと、ぬるくなったビールと、さも暇そうにあくびする猫を傍らに、一心不乱にファミコンに興じている真っ最中だった。 では本題。 ![]() ファミコン以前は超合金、プラモデル、野球盤とかリカちゃんハウスとか、そういうのだった。まだまだある。戦隊ものの人形とが、円谷系のウルトラ怪獣ソフビとか、ミクロマンとか、ミニカーセットとか・・・。 で、玩具売場。 走り回る鉄道模型、陳列棚に所狭しと並べられたウルトラマン人形、ぬいぐるみ関係。歯茎剥き出しでシンバル叩くモンキー野郎・・・。 それは夢の世界。大人にとっても、心楽しくなる空間だ。それも、可愛い子供と一緒なら。そりゃねだられる側としちゃ懐具合も気になるけど。 そういう玩具たちは、出資者である大人たちが買い与えて、「もの」として実感、満足感がもてる存在感があった。 やはり子供が喜んでくれるのが第一だが、お金を出す方としては、多少なりともそれが実感できる「買いごたえ感覚」ってのが欲しいもんだ。 しかし、ファミコンのゲームソフト・・・当時の子供達の羨望と熱中の的だった「カセット」と呼ばれる代物は、そうではない。 見た目、手の平サイズ程度かそれよりちょっと大きいぐらいの、なんの変哲もないパッケージ。この箱、チョコレートでも入っていそうななりだ。近所のスーパーのお菓子売場の棚に小枝とか一緒に並んでいてもよさそうだ。 中身はといえば、電卓ぐらいの大きさの、ご存じのプラスチック製のブツ。愛想といえば、カートリッジ前面に張ってある、ラベルぐらい。その秘められたポテンシャルとは裏腹に、見た目、「玩具としての機能性、アピール性」まるでなし。そっけなし。 コンピューターゲームに疎かった当時の大人たちにとって、面白味もへったくれもないなりだ。 この小さな「カセット」の中に、溢れんばかりの夢が詰まっている事も知らずに。 ま、無理もない話だが。 これでは子供達に手を引かれてデパートの玩具売場に足を運び、「買って買って」とせがまれたお爺ちゃんお婆ちゃんは、そうとう当惑した事と思う。 こんなものに、なんで孫が夢中になるのか? なぜこれほどまでにせがむのか? 首を傾げる。 次いで、値段を見て驚愕。 一本あたりの単価が5千円、4千円という価格帯である。 しかも、これを「遊ぶ」ためには「ファミコン本体」とかいうさらにお高いものを別に揃えなければいけないのだ。 これ単体では、「遊べない」のである。これだけ持ってても全く意味がないのだ。 殴(く)らすぞ。 博多から孫の顔を楽しみにして、遠路はるばる上京してきたお爺ちゃんは内心エキサイトした。生粋の博多っ子の気質上、どうにもアグレッシブ無比なのである。 なしてか。 武田鉄也の20年後を想像できそうなルックスの博多んもんのお爺ちゃんは、ジェネレーション・ギャップに当惑する。 なしにザクのプラモじゃいけんとかね? 孫の影響でようやく最近ゲルググとザクの区別がつくようになった自称「モビルスーツフリーク」のお爺ちゃんだった。 なあに、孫が喜ぶんやったら何でんよかたい・・・。 とまあ、こんな具合である。 ![]() 鮭は生まれいでた川の匂いを求め、大海から遡上して戻ってくる。 俺は鮭じゃないがな。 今こうしてファミコンを手にすると、当時の記憶が蘇ってきやがる。 それは、ファミコン狂時代。 俺のお気に入りのゲーム、マイ・フェイバリット・シットをここで挙げる事も考えたが、やはりやめよう。そんな事は重要じゃない。 バンゲリング・ベイ。 悪名高いものだ。だが、近年再評価されているものでもある。当時のファミコン創世期のユーザーには難解過ぎ、その深みが理解されなかったのだと。生まれて来る時代を間違えたのさ、と。 ![]() 「オールド・スクール」 今流行りのヒップホップ文化のスラング。その意味なす所は「古いもの」だ。いや、もっと正確に言うと「古き良きもの」だ。 で、ファミコンの話に戻るが。 だめですか? |
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