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第8回 | |
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| ■ 続・妖精との再会 最近、いや、ここ数年といえば「嫌な事件」ばかりが思い起こされる。 もっとも・・・「嫌な事件」というのはいつの時代にもあり、世界中のどこでも、いつだって発生する。それこそ、そんじょそこいらに転がっている。発生しない方がおかしいとさえいえる。 それをなんとするならば、人間がこの地球上で活動し、地球環境がたゆみなき営みを続けている以上、その「結果」としての「変化」は必ず起こりうるからだ。極言すれば、人間という、現実を受容する主観性が存在すれば、何かが起こる事になるのだ。 それは良き悪しき、悲喜こもごも、多種多様な具体的事例となって我々の目に触れる。その連続が夥しい累積となり人類史を形成するものなのだ。 この、「嫌な事件」という奴も然り。ケース・バイ・ケースで規模の大小があるだけ。こうしている間にも、ダース単位で量産されるのだ。いや、世界的規模でいえばダース単位ではとてもきかないだろうな。 しかし、だ。ここ数年は世紀の境目のせいなのかそうでないのか、どでかいニュースが立て続けに勃発した。 この場でそれらを列挙する気はないが、とにかく以前は夢想だにしなかった事の数々がヘッドラインを飾っている。 ちょっと前までは「世紀末だな」という台詞を、要するに「世も末だな」というニュアンスで使っていたが、21世紀となった今(実感は湧かないが)では何と言えばいいのか、よくわからない。 とはいっても、そんな観念は人間が便宜的に作ったものだ。世紀末だろうが、年度変わりだろうが、事件ってのは突如として起きるものなのだ。さりながら、そういうものに左右されるのも、人間ゆえ、なのだが。 とにかく、明るい方のニュースもなきにしもあらずなのだが、どういうわけか「嫌な事件」ばかり目につく昨今だ。前向きでない事はなはだしいが、これではそぞろ気も滅入ってくる。 そういうあんばいで物憂げにため息をついていると、「あの妖精」が、秋風に乗って目の前に現れた。 ![]() 大きさだが、大人の人差し指大かともすればその一回り分くらいはある。芋虫のような尻尾は黄緑色(黄色い奴もいる)で、顔は馬面。透明な羽根をしきりに羽ばたかせて軽やかに花壇を回遊し、蜂のようにブンブンいわせながらホバリングして花の蜜を吸う。かと思えばガラス窓とかに何度もぶつかるお茶目もやらかす。 「蜂じゃん」 と即座に切り返す事なかれ。 実際に見てみろってんだ。普通の蜂と違うから。そりゃ分厚い昆虫図鑑とかで調べたわけじゃないから胸を張っていえないが、蜂とするならどうみても普通の蜂じゃないのだ。蜂じゃない可能性も否定できないし、その公算は高い。 飛行性能も大したものだ。空中静止状態も鮮やかなものだが、本気を出せばかなりのスピードが出る。なかなかどうして侮れない奴なのだ。 さて、こいつは何物なんだ? 幼少の頃出会って以来、ようとしてそれはわからなかった。ただ無知なだけなのだが、とにかくこの得体の知れない、正体不明の、しかしどこか見て安心できるなりの昆虫がなんなのか、寡聞にして知らなかった。 何度も調べてみようとしたが、決まってある思いに至り、その都度やめた。 子供も頃の夢をとっておこうと思ったのだ。調べて、正体がわかって、それでその昆虫に対する興味や夢がなくなってしまうのが怖かったのだ。 謎めいている方が、憧れは深まり、長くそれを維持できる。だからこそ探求心にブレーキをかけ、「子供の頃のいい思い出」として心の宝箱にしまい込み、鍵をかけたのだ。 我ながら、なかなかこれは利口な、「大人な」考えだと思った。 人間、「欲しい」という欲求があるから「欲しい」と思うのだ。「知りたい」という知的好奇心があるから「知りたい」と思うのだ。そこを転じて「知らなくてもいい」と思えば、「知りたい」なんていう衝動なんてなくなるのだ。 知らなくても死なない種類のものだし。それで当人が満足しさえすれば、何も問題はないのだ。 長い事、二十年近く、そうしてきた。 自分の中で、「蜂っぽい謎の昆虫」として片づけていた。 だが、何事も終焉ってものが付き物らしい。 そうなのだ。とうとう「あの虫」の正体と、その名を知る時が来たのである。 来てしまったのである。 ![]() ある朝何がなしにテレビを見ていると、その名が出てきた。 所ジョージが出ている朝の番組だ。番組名は失念したが、毎週テーマを決めてそれを科学的に検証していくという大変勉強になる内容だ。 ついでに言うとその週のテーマがなんだったかも失念したが、とにかくそこで、「あの名前」が出てきたのだ。 その響きを耳にした私は、なぜか大いに興味をかき立てられた。 次いで、頭の中に閃きに似たものがよぎった。インスピレーンションとともに、鼓動が高まり、頭が回転しだした。 その時思ったものだ。 「そうか、その線があったか!」と。 ほとんどテレビに出てくる探偵のノリであるが、当の本人は真剣だった。 その名に関して「ああ、あの昼間ブンブン飛んでるデカい奴ね」という所ジョージの一言が決定打となった。これに違いないと、確信を持った。 まだ引っ張ろう。 こうなれば、あとは簡単である。こうしてそれっぽいキーワードを見つけたのだ。世の中にはインターネットというものがあるのだから、検索エンジンでも使って、そのキーワードに引っかかる情報を集めれば済む話だ。 その功罪が叫ばれて久しい検索エンジンも、こういう時のような「藁をも掴みたい」状況には実に重宝する。 ここで、 「お前、さっき別に知りたくないって言ったじゃねーか」 と突っ込む方もいらっしゃるだろう。 ああそうとも、その通りだ。だが目の前に美女が挑発的に手招きしているのに、据え膳食わぬを決め込む事はないんじゃないか? 男たるものそういう状況に遭遇した場合、峰不二子に誘われたルパン三世よろしくトランクスいっちょ(靴下付き)でベッドにダイビングするというのがごく自然な流れなんじゃないのか。それが神が定めたもうたこの世の摂理なんじゃないのか。そうせずにいられるとして、そいつはいったい全体どういう神経をしているんだ? つまりはそういう事なのだ。 いったん堰を切った好奇心、探求心はもうおさまらない。閂が外された扉は、もう開くしかないのだ。 いや、これは好奇心以上のものだ。長年の謎を解く鍵が、期せずして手元にある。あと一歩なのだ。こうなると、もう調べずにはいられないのは人間の悲しい性なんじゃないのか。 ほとんど衝動的に長年大事にしてきた思いを放擲して、パソコンに飛びついた。 ふっと、「夢がなくなるじゃないか」という思いが去来する。いや、確実にそうなのだろう。 うすらさみしい瞬間だ。俺は今またひとつ落とし物をしようとしているんだぞ、という自分に対する問いかけが何度も何度も頭の中で鳴り響く。確かにそうだ。だが・・・。 検索エンジンにキーワードを入力。 ここで、「該当件数なし」と出ればよい、とも一瞬思う。それはそれで落胆するだろうが。どっちに転んでもよし、だ。 程なく、かなりの数がヒット。快哉を叫び、次の作業に移る。 突き動かさせるようにして、引っかかったページをしらみつぶしに見荒らしてゆく。 そして・・・。 ![]() 画像も発見。サイトによっては動画も用意されていた。 インターネット万歳!! サイズが大きいのだろう、なかなか画像が出てこない。イライラしつつ、食い入るようにして画面を見る。 出た。 間違いなかった。子供の頃、家の花壇で舞い踊っていた姿そのままだった。 ストローのような口を伸ばし、ホバリングしつつ花の蜜を吸うその姿。 なんと可憐な姿だこと!! しかし、こんなにもメジャーな昆虫だったとは・・・。自分も無知さにほとほと呆れるばかりだ。 それに、こんなにも愛されているとは。何となく、嬉しくなった。 ・・・かなり引っ張りました。もういいでしょう。 では、「妖精」の正体を明かします。 ![]() あれ? どうしたの? ![]() 正体がわかったから、夢が、憧れがなくなったかって? とんでもない。 その逆だ。ますますこの白昼の「妖精」・・・スズメガが大好きになった。 思い出はそのままに、心の宝箱に入ってる。後悔とか、落胆なんて、微塵も感じない。 夢はそのままの形だし、憧れは、ますます大きくなった。また一歩、「妖精」に親近感がわいた。その思いを、その気持ちを、より誇らしいものに思えてきた。 「妖精」はいつだって、なんにしたって、ずっとどこまでも憧れの存在なのだ。心の中の大事な所に住んでいる、かけがえのないアイドルなのだ。 ですから今後、「スズメガ・フリーク」を自称します。 |
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