第6回
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■ 前略、太陽よ。

 暑い。もう夕方の5時もいいとこだというのに、陽がカンカンに照りつける。
 熱気が目の前の景色を揺らめかせる。アスファルトが焼ける。陽の匂いがする。生ぬるい空気が、汗ばんだ肌をのべつ撫で、あたかもぬるま湯の中で泳いでいるようだ。
 土曜の夕刻。ふと心づいてビールを買いに出かけた俺に、熾烈なまでの熱と攻撃性をはらんだ直射日光が、猛烈かつ執拗なまでに降り注ぐ。暑い、ひたすら暑い。
 それで、よい。
 それでいいのだ。夏とは、暑くなければ夏とはいえんのだ。蚊取り線香の匂いがせずして夏とは言えんのだ。
 これぞ、夏というものだ。手心加えず、その矢玉の如きアグレッシブ無比な夏気分的紫外線で我が白亜の肌をトーストするがいい。
 夏休みあけのランニングあとが目立つ勝気な小学生のような、ワイハに行った時どんな水着を着ていたか一目瞭然でわかるセクシー日焼け跡をこしらえた美人OLのような、そんな焼きっぷりを俺にもしてみるがいい。
 余談だが、俺は小麦色の日焼け美人が大好きだ。否、そういう日焼け美人、も、大好きだ。水着の跡がありでもしたら、さらに点数加算。黒と白のコントラスト。陰と、陽。二極性がすごくいい。芸術といえる。
 趣味の問題だが、ブラック・シスターとはすごくいいものなのだ。ジャネット・ジャクソン、トニ・ブラクストン、キム・リム、その手のフィメール最高。上等だ。
 だから、太陽よ。そういう女どもを量産すべく、あんたはしかるべき素敵な日光を供給せねばならん。必要なんだ。絶対に。
 これはあんたにしてみれば、ごく容易い注文なハズだ。朝飯前もいかんだろう。そうだ、そうに決まった。
 ど、どうした? 陽が翳ってきたな。弱気になったか?
 できんのか。できんのなら、貴様に太陽たる資格などありはせんよ。そうでなければ、貴様などに恒星たる資格はないのだ。雄々しく燃え盛る資格などないというのだ。ただ燃えるだけなら、熱血球児や炭火でもできる事だ。
 くやしいか、くやしいのなら俺を人体自然発火的火力で焼いてみるがいい。実際やられると困るがな。ああ、いや、今の愛の鞭的発言だから。わかると思うけど。ほんと、やめてね。
 いかに雲が厚かろうと、梅雨前線バリバリ全開でも、それをひたむきな少年のように突き抜けて、強襲揚陸的激しさで地上を日光で猛爆していただきたいものだ。夏はあんたにとって「Dデイ」なんだ。気合を入れて何かを決行しなければいけない一瞬なんだ。かねてから用意していた作戦を実行すべき時なんだ。
 作戦名は、「真夏のユメキッス」、もしくは「夏色リップスティック」・・・いまいちだな。まあ少しは80年代っぽくて、キャッチーな感じだろう。松田聖子的エイティーズ・アイドルのヒットナンバーのようだ。まあいい。いいんだ。気にするな。
 素敵な夏。
 俺はそれを待っているのだ。この上なく心待ちにしているのだ。この思いは成層圏を突き抜けて届いているか。
 UVカットなど、惰弱。元来性にあわぬのだ。ちなみに今俺が使ってるサンオイルにはUVカット90パーセントなどどはっきり書いてあるが、気にするな。
 太陽よ、ここぞとばかり、その偉大にして驚嘆すべきエネルギーのひとかけらを我々に叩きつけてくるんだ。
 いかつく気は優しくて力持ちキャッチャーの如くこれを受け止めずして、何が太陽の恩恵に浴する地球の民か。それで果たして太陽の恩寵を受ける資格があるというのか? 輝ける太陽なくして、我々はありえぬのだ。
 とにかく、俺は全身いっぱいにこの得がたい「夏」を受け止めたいのだ。
 さすれば健康的日焼けがその肌に刻み付けられ、おのずと気構えも夏モードへと速やかに移行するであろうし、気持ちも開放的になろうというものだ。
 夏とは、それ自体、お祭りなのだ。
 そして俺は、その事を実に得がたいものと思い、「夏」自体をとてもダイアモンドのように貴重なもののように思うのだ。
 なんでそう考えるようになったかというと、俺は南国生まれなので寒さにはどうしょうもなく弱いからだ。
 夏にはイベント盛り沢山。
 夏休み、花火大会、盆踊り、キャンプ、虫取り、プール、ビアガーデン・・・そのほかもろもろ夏にはお楽しみがある。
 人間が朝から夜中まで活動しやすい季節だから、そうなるのだろうか。俺にはよくわからないが、それも否定しえない事実の一つには違いない。
 夏にはそういう魔力がある。人間を解放的にさせる力がある。余談だが、暑いので、どんな女の子でも薄着にさせる超能力もある。
 北風と太陽という話を思い出してみろ!
 だからこそ、いい。だからこそ、各種催し物がある。
 ありすぎる、といっても過言ではない。下手をするとイベント消化に日々追われ、気がついたらもう、秋、なんて事態にもなりうる。
 そういう時無策な学徒は、たまりにたまった宿題に愕然とする事になる。そして絶望的追い込みに陥るか、それで解決できなければハラキリ的居直りをする破目になるのだが、今の俺には関係のない話だ。
夏が終る。
 その瞬間って何か物悲しい。お祭りのあとのような、なんともいえない寂寥感。現実に引き戻された、醒めた感じ。冬が終る安堵感とは正反対。物悲しいぐらい、名残惜しいものだ。
 そして、今までいまいましかったひどい直射日光や、蒸し暑さが得がたいものに思えてくるのだ。
 だからこそ、夏は短い、と人は言う。
 太陽よ。わが、友よ。
 何も夏を9月、10月まで延ばせとは言わん。祭りもあまり長いとダレるし、飽きる。だらだらとした飽食はよくない。だが、今ある夏を我ら矮小なる日本人が豊かに享受できるよう、猛烈に地上を照り付けてくれ。
 路上のミミズが、もどす前のビーフンよろしく干からびんまでに、雄々しく。
 そこんとこよろしく。
 そうだ、よく晴れた夏の日に、誰かとちょっとしたドライブにでも行こうか。
 街中を何がなしに流して、どこかで買い物、食事をするのも悪くない。陽気にうだる街というのも、実にいい景色なんだ。全ての季節に、全ての趣がある。
 BGMはもちろん山下達郎。俺としては非常にブルシットなのだが、ヤマタツと言えば「クリスマスイブ」をすぐに連想するいうまざふぁっかヘタれチン的ワック助がいる。
 これは激ブルシットな事(暴言)だが、揺るがしえない一般論ではある。確かにそれは真実の一端だ。だが、さりながら、それはごく狭まったエリアしか垣間見てないと言える。ヤマシタの繰り出す夏ナンバーは凄くいいのだ。「スパークル」「高気圧ガール」、最高。至極のオールラウンダーたる世界のヤマシタは夏においても十二分にイケるのである。機会があればハマッて是非聴いてみてほしい。
 心地よいBGMを耳に、フロントガラス越しに夏の日差しを肌に感じる。もちろん、運転席に座しているのはペーパーである俺ではない。
 そういう俺は、控えめなボリュームでヤマタツの「夏への扉」をBGMに、猫といっしょに午睡していた。

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