第1回
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■ 猫とつれづれなるままに(猫0.3ミリピコグラム含有←東京の12.5倍)

 ひとつ、宇宙的視野に立って話を展開していきたく思う。
 日常に追いまくられる我々にはそういう事も大事なのだ。
 目先の物事ばかりにとらわれていたのでは人間非常に近視眼的になり狭量にもなる。今現在「自分」という主観性が目の当たりにしている「現実(この使い方には語弊がある。そも、何をもって現実となすかでさえ議論の分かれるところなのだ。では聞こう。ヴァーチャルでのリアルはリアルなのか? これは一例に過ぎない)」こそが、この世の全てであると、全宇宙共通のものだと誤認してしまい、井の中の蛙となりがちとなる。
 大なり小なり、個人個人のケースの違いこそあれ、どなたでもそんな経験あるのではなかろうか?
 そういう事の積み重ねの結果、個人はたまた身の回りのコミュニティだけに通用する愛と尺度しか持ちえなくなってしまい、自分と、自分と同属の人間の利益優先しか志向しえないメンタリティを自然形成していくのである。それが国家規模ならナショナリティだ。

 思い出していただきたい。いかに今が情報化社会の只中にあり、マルチメディア百花繚乱とかインターネット万能が声高に叫ばれ喧伝され、一地域の出来事が秒単位で地球全土に広まらんほどの情報網が際限ない葉脈の如く展開しているのにも関わらず、国家の垣根は崩壊していないのである。「世界政府」なんて夢もまた夢だ(そんなものが本当に必要かどうかは疑わしい所だが)。
 数多くあり、時には諍いの火種ともなるありとあらゆる宗教も、決して同じ神を等しく崇めるような事にはなっていない。不幸にして文盲の子らは未だに「数え切れないほど」だ。否、1から3まで数えきる事なく生涯を終える存在も無視し得ない。
 そして人々は、ここまでくるのに、今日に至るまで一体何世紀を数えたというのか。
 人類は地動説一辺倒から天動説へと少し進化した観念を得、その他いろいろ発見と発明を逐次繰り返し、火や電気を操りその扱いを簡便なものとした上、空を行動範囲の範疇に加え、ついには宇宙も目の当たりにした。テクノロジーは飛躍的に進歩したといえる。しかしだ。
 今もって我々は我田引水にして悪しきマイペースさで、地球上という宇宙の一辺に南京虫の如くはびこり、ただ単なる自動消費(あるいは闘争)機械と成り下がって宇宙のとある場所をひたすら汚染している始末なのだ(手遅れなくらい散らかった自分の部屋の中を掃除にする様に似ている。いらないものは自分の累の及ばないところに、ポイだ。あとは喉元過ぎて忘れてしまう)。
 別にここで啓蒙めいたありがたい話や自虐的かつ悲観的な人類こきおろしをやらかそうというわけではない。あいにくそういう気宇広大さは元来持ち合わせていないし、小生ふぜいがそれをもっともらしく論ぜうるにふさわしいかどうかもはなはだ疑問だ。
 この場でしたく思うのは、ただ宇宙に思いをいたし、少し変わった視点で万物とはいかないまでも目に触れるもの、身の回りのものを俯瞰していこうというのだ。そしてそうすることで、とかく自己利益優先(恥ずべき事ではない。聖職者という人種にもわずかながらそういうところはあるのだ。もちろん全部が全部とはいわないが、彼らの言葉を引用しよう。「私だって人間です」・・・神に及ばぬ未熟な人間だからこそ日々研鑚を積むのだ)となってしまいがちの日常思考を少しほぐしていただこうというのだ。
 さて、準備はよろしいだろうか。それでは広大無辺な宇宙に思いをいたすとしよう。
 よく聞く宇宙は陰と陽の二つに大別されるというが、それは事実だ。しかしてその実意味するところは単なる二極性にあらず・・・んばものぐろほしけれんあピーマンくいたいぴぽはられぴろり・・・・・・・・・・・・ぷん(電池切れです。氷嚢と布団、猫一匹を用意してクラーク・ゲーブルなみのニヒルさと美髯ぶりで六時間ほど充電してください。ここまで大変おつかれ様でした。 
※注意!!・・・高尚な事を書こうとして人間ガラにもない話を展開するもんじゃありません。原稿を書く際にはちゃんと分相応のテーマを選びましょう。経済企画庁からのお願いです。)

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