第25回
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■ 世界物理年に思う宇宙

  30歳を前にして、無事会社を辞めてフリーになった。あるいは単に自分の会社に戻ったともいえる。
  毎日窓から見える富士山と夕日を見ながら中国茶をすすりつつFlashの解説書を執筆している。4日に1章ずつ入稿していく、恐怖のスケジュールにおののいている。編集者も優しい顔をして怖いことをいう。本はすばらしくいいデザインになりそうだ。あとは中身だ。半端なことは書いていないので、きっといいものになると確信しているけれど、それでも何千冊という本が日本中の書店に置かれることを考えると、ゴーレムのまいごを作っていたときにあった、みんなはどう受け止めてくれるのだろうかという思いが時々よぎる。岡村さんの嫁さんに読んでもらえるような本にしたい。
 
 
 こないだmixiをふらふらしていたら、スキップの西さんを見つけた。元気すかー、とメール送ったら、久しぶりに会うことになり、原宿の事務所で会うと「ふけたねー」といわれた。そりゃ5年も経てば歳もとりますからな。プロデューサーの鈴木さんと話す。任天堂のセカンドパーティって何社ありますかね、という話をした。春あたりから何か面白いことがはじまりそうな予感がする。
 携帯電話でゲームする人が異常に増えている。携帯ゲーム機もすでに激戦の様相を呈している。5月のE3では両陣営の次世代据え置き機が発表されるだろう。ひょっとしたらゲーム業界の最後の大きな波かもしれないと思っている。ゲーム機だけがゲームじゃないが、なんとかしてゲームを作りたい。もう、徹夜しないでもゲームって作れるんじゃないだろうか。

 ラメ夫さんもピョン太さんも発見してメール送ったら、「メシいきましょう。フィゲロア以外で。」と返信がきた。確かにそうだ。そう願いたい。

 さて、今回は東雲をフィーチャー(feature)したい。最近、プロのライターでも平気で「フューチャー(future)したい」と間違っているが、未来したいってどういうことですかね?

 東雲キャナルコートCODAN最終募集で当選してしまった。6回応募し続けてようやくだ。当然落選するものと思っていたので、逆に混乱する。もの凄い数の書類を揃えて新宿に出向いた。入居資格審査のためだ。当選順位が低かったので、希望する階になるとは限らない。思いっきり地面に近いところだったら辞退しようかなとも考えている。それにしても「江東区東雲」とは読めないものだ。かつて福岡から東京に週1で通うようになったころには、「えとうく」だと思っていた。
  さてこのCODAN、従来の「公団」とはまるでイメージの違う団地なのだ。今住んでいるマリナイースト21という公団団地は、その名の通り前世紀の昭和の団地だ。広い埋立地に広い道と団地。平均的家族の平均的間取りを実現しました。そういうところだ。白い壁で統一された建物が密集している。部屋の中も真っ白。ウィザードリィなら「かべのなかにいる」という感じか。住みかでも会社でも、そう思えてきたら離れ時ですな。

 しかし東雲のCODANは、なんだか建物が普通じゃない。最高階が14階で統一された6街区、13個の建物が、真ん中を貫くS字の街路を囲むように建っている。容積率380%という凄さだ。しかし各街区で設計者が違うので、それぞれ個性ある建物になっている。建物の途中をくりぬいて風が通るようにしたり、空中回廊を作ってみたり、やりたい放題だ。毎年のように引っ越している僕にとっては、3回目の新築物件だ。やはり新築は何もかもが新しくて気持ちがよい。

 同年代の知り合いで家を買ったという人はまだ1人しかいないが、家を買うというのはどういうことなんだろうかなと考える。住宅ローンというと印象が変わるかもしれないけれど、借金であることに変わりはない。そこに住み続ける覚悟があって、しかもいつ今の会社が倒産しても安定した収入が得られる確信があるという人が、家というものを買うのではないだろうか。

 僕の親は二十年前に家を建てた。しんどい上り坂の先、高圧線鉄塔の隣の土地にある2階建ての家で、1階が機械が動く作業場、2階が住居だ。結構な借金をして建てたに違いない。両親はいつもけんかしていたので、僕にとってあの家はそれ以上の思い出がないが、それにしても帰るところがあるというのは実にありがたいことだ。現在は、その両親も離婚し、親父と妹だけが住む空間になっていて、どんな具合になっているのか見当もつかない。庭の木はきっと大きくなっているだろう。

 このごろ「建築家からの贈りもの」という本を読んだ。住みたい家を作って住むというのはいいなーとつくづく感じた。買えるから買うというのは家ではない、と僕は考える。この先の人生、この人と思える建築家との出会いがあって、ここぞと思う土地との出会いもあれば、家でも建ててみたいなとは思う。でも、それは何年先のことかわからない。

 人口が減って住宅は余る。供給過剰になるから価格は下がる。賃貸はいつでも引越しできるから楽だ。1つの前の部屋は、階下の住人の気が狂っていて夜中にいつも叫んでいた。今の部屋は階上に小さい子供がいて、朝から晩まで部屋中を駆け回っている。もちろん書面で苦情を申し述べるのは当然だが、最後は逃げ出せばいいのだから気が楽だ。災害が起きて建物が壊れたとき、賃貸じゃなかったら大変なことになる。阪神大震災の10年はそう語っている。

 道の道とすべきは常の道にあらず。引越しも転職も変化だ。変化こそ歓迎すべき宇宙だ。いろんな人が待ち構えていたように仕事を持ちかけてくれる。実にありがたい話だ。全部引き受けるくらいの勢いでいきたい。まずはあの人とあの人を誘って新たな会社を立ち上げるか。

   

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