第22回
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■ 左京は右にある

 吉岡君と知り合ったのは、詳しくは覚えていないけれど、僕がまだ高校生の頃ではなかっただろうか。一部の裕福な学生はNIFTY-Serveという高級な通信環境でやり取りをしていたが、まだ完全従量課金の時代。しかも電話回線をちょろちょろとデータが流れる2400bpsくらいの速度では、文字情報以外の交換はありえなかった。
 そんな時代、僕はふと思い立ち、フロッピーディスクにデータをいれ、郵便でやり取りするという、大変時間と手間のかかる方法で50人くらいが交流する場を作ったのだ。ある人は絵を描き、ある人は音楽データをいれ、ある人は小説を書き、フロッピーディスクで僕に送る。僕はそれらすべてを編集して、たったディスク2枚に空き0バイトになるまで圧縮して毎月送り返していたのだった。そんな古き良き時代をともに確かめてきた彼に、久しぶりに再会すると、なんと彼は京都で会社を経営していたのだ。
   

 ツアーをやることになった。まずは吉岡君が東京に来た。初台だ!ICCだ!と張りきって向かうと、ICCは月曜で休みだった。むむむ。青山にプラダを見にいく。その異様な建築物は視界に入ってくると、まわりとまったく調和しないガラスの物体として僕らを圧倒した。なんじゃこれは?と、明らかに建築を見る目的で入っていった僕らを、店員は刺々しい口調で追い返す。1階より上には上がらないほうがいいだろう。
 表参道では、青山アパートの取り壊しが終わっていて、工事用の塀で囲まれていた。塀には芝生が張ってあり、それをサッカー場に見立てて、アディダスの全面広告が展開されていたのだ。そして、設計は安藤忠雄建築研究所と書いてある。地上6階地下6階というから驚く。果たしてまわりとの調和はどうなるか。
 昼はネットで評判のカフェに行ってみる。まるで駄目なファミレス以下のサービスにがっかりする。ああ僕は福岡のカフェに帰りたい。すっかり元気がなくなり、とにかくでかい建物をと、東京国際フォーラムに向かうと、今武氏絶賛の「人体の不思議展」が開催されていた。これといったプランもないので、入ってみる。適当なポーズをとらせてみたり、主催者は死者の尊厳というものを考えているのだろうかという疑問でいっぱいの会場だった。そして丸ビル、東京駅を見て、いかにも東京の駄目な感じを堪能した。



手前の入り口から地下に入る


壁面広告
 
   
   そして、次は僕が京都に行った。やや寒い11月のある日、京都駅で新幹線から乗り換える。嵯峨嵐山駅で降りて自転車を借りる。イギリスに着くなりレンタカーを借りた時を思い出した。はじめの交差点をどちらに進んだものか、まるで見当がつかない。知らない土地でいきなり自転車に乗るのがこんなに面白いとは思わなかった。ぞろぞろ歩く観光客を時に30人ほどまとめて追い抜く。なかなか気分がいいではないか。
 まず門構えを見て、それから奥をのぞき込み、良さげな寺を見つけては自転車を止め、中に入っていく。大抵「御浄財」と呼ばれる、いわゆる入場料を500円ばかり支払って入る。500円を超えるとインパクトがあるので入らないというルールを決めて、次から次にまわり、入った。
 二尊院はまあ京都にはよくある寺だろう。つまり寺がでかくて敷地も広い。ああ京都の寺に来たなあという感じを受けるところだ。ししおどしの音が聞こえる庭があっても、観光客が鐘を突き放題突いているので風情も何もない。宝厳院も祗王寺もなんだか僕には駄目だった。ぐっとこなかった。

二尊院
 
   

 寺というものにはいろいろなものがあることがわかった。
 まず1つ目は有名どころ。ガイドブックの最初のページに大きな写真とともに掲載され、大型バスが駐車し、修学旅行生を中心とする観光客がばちばちフラッシュをたきながら写真を撮って帰る。広大な敷地と駐車場を備える。国宝級の何かがあるなど、確かに価値ある場所なのだろう。デカさと広さでひたすら圧倒させるところもある。鐘がつけたり、建物の上に上ったりできればなお良い(もちろん別料金)。
 あるいは、小さい敷地に、きれいな庭を作って順路や注意書きの看板を山のように用意し、庭をぐるっとまわらせて、写真を撮るポイントもしっかり用意するようなところ。所要時間約10分。僕は、入った瞬間に自らの失敗に気づき、出ることばかり考えている気がする。
 本当によいと思えるところは、保存すべきものが保存されていて、かつ整備されすぎていない。説明が何もなくとも、そのものが持つ素晴らしさに圧倒され、しばらく言葉を失う。気がつくと30分以上同じところにいる。狭くて小さいところとは限らない。デカくても広くても良いものは良いと思った。

 さて、嵯峨だ。なんだこんなものかと思って、ガイドブックを追っていくのをやめて、奥へ奥へと適当に走る。異常な上り坂になり、引き返そうかとためらったがさらに上っていく。自転車を押しながらようやくたどり着いたそこは、愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)というらしい。山あいの地味な寺だ。

   
   門をくぐって、階段をのぼりはじめても、ちょっと変わった鐘の音が聞こえてくる以外は、たいした印象は受けない。しかし、階段を上りきったところで、それは突然現れるのだ。羅漢さんとよばれるこの石像、数は千二百もあるそうで、あたり一面この調子なのだ。曇り空の下、しかも日は暮れつつあり、山の陰にあって薄暗いところにならぶ石像。夢にでてきそうな光景だ。京都観光をここから始めたら、何か誤解を生みそうだ。しかし楽しいことになるだろう。
愛宕念仏寺
 
   
 
 夜は吉岡氏と千本今出川で夕食。静かな庭のある料亭で、鳥の水炊きコースお一人様6000円なり。こんな高いものを食えるようになって、お互い大人になりましたなー。薬味を加えた鶏ガラスープがたまらなくうまかった。

 翌朝は左京を歩く。左京は、普段北を上にして見る地図では右にある。帝(みかど)が南面して座ったときに左側に見えるということから来ているらしい。もちろん右京区もあるので、観光客はたちまちに混乱する。まずは南禅寺の門にのぼる。石川五右衛門はここで「絶景かな」と言ったらしい。しかし残念なことに、正面には高層ビルが見える風景が広がっていた。この京都の風景の中に、安易にビルを建ててしまうとは京都市も考えているようで考えていない感じがした。眼下の木々は紅葉していて美しかったので、吉岡氏に「新事務所はこの門の上にある部屋がいいのではないか」といってみたが、鼻で笑われた。

   
 
 午前中の終わりには、詩仙堂に案内してもらった。言葉にならない美しさ。座敷の奥から、床と屋根をフレームにして、庭を眺める。僕はしばらくそこを離れなかった。
 この庭との対話で、「ユーザーは何を求めているか」ということを中心にものづくりをやってきた1年間の疲れを感じた。庭からの問いかけはこうだ。では「あなたは」何を作りたいのかと。
 その日は雨だった。
 雨の音の中に、時より聞こえるししおどしの音。吉岡氏は去るときに「雨というものを知った気がします」と残した。

詩仙堂 丈山寺
 
 
 坂を下りたところの店で大変うまいとんかつを食べて、再び歩く。ついに雨が止むことはなかった。バスに乗り、最後は三十三間堂である。観光名所と化してはいるものの、吉岡氏絶賛の場所だ。行かないわけにはいかない。三十三間という長さはこれまた長いが一体なんだろうかと思って、何も知らずに入ってみる。入ってすぐ右手に異様な気配を感じる。ゆっくり視線をやると、全部を見ないうちから圧倒されてしまった。まだ何も知らない人は、ぜひ何も知らないまま、この異様な空間を味わっていただきたいと思うので、ここでは何もかかないことにする。

 鴨川のほとりにある非常に雰囲気の良いカフェ「efish」でミルクティーを飲みながら過ごす。店内は人も少なく、流れている音楽が僕にはあまりに心地よくて、吉岡氏と日が暮れても話していた。この先どこを目指していけばいいのか。
 ところで、特に観光地にはミルクティーを頼むとコーヒーフレッシュを添えてくる店がある。最低だ。しかもそんな店は大抵オルゴールの音楽がかかっているのもまた不思議だ。十分注意していてもひっかかってしまう。きのこの星の栗山氏があれにひっかかる感じと似ている。

 愛宕念仏寺の石像が頭を離れないまま新幹線にのる。短期間に焼きついた旅の記憶は、それが頭の中で整理されるまで数日かかる。新幹線の中では、時折強烈な眠気に襲われながらも、石像と美しい庭が入り混じった強烈なイメージが頭を支配した。
 熱海を過ぎ、小田原も過ぎて、東京が近づいてくると、新幹線のテープアナウンス「今日も新幹線をご利用くださいまして」の「今日も」の部分のイントネーションがなんとも心地よく、帰りの京葉線ではうとうとしながらも、石像と庭のイメージに「今日も」が加わり、凄いことになっていた。

 それから数日経ってようやく僕は理解した。詩仙堂の庭とファミコンソフトには共通点がある。それに共通する素晴らしさに、我々はそろそろ気づかねばならないのではないか。

   

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