第14回
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■ イギリスからの生還(1)

 イギリスに行くにあたり、「あの国はメシがまずいぞ」という漠然とした事前情報を手に入れるが、しかし所詮は同じ人間の住む国。日本でもまずい店はまずいではないか。たまたまそういう店にばかり入ったのではないか、うまいものもたくさんあるに違いないとむしろ期待に胸をふくらませて成田へ向かった。

 空港ではもう出国カードを書かなくていいようになっていた。パスポートだけ見せればいいのだ。席についてゆったりしているとスチュワーデスが外国人であせる。ここから英語なのか!そしてあいかわらず眠れない。国内線だと結構余裕で寝ることができるのに、国際線だと1時間すら寝ることができない。僕は仕事の関係から国内線の普通席シートに年間100回くらい乗っている。この間に独自の姿勢を考案し、リクライニングなしでも快適に寝ることができるようになってきた。しかし、ちょっとでもシートピッチが広くなったりすると姿勢が安定せずどうも眠れなくなるらしい。

 夕方6時に出発して、12時間半飛行機に乗り、到着は同じ日の午後3時。当然移動中はずっと昼間だ。感覚的には徹夜明けの感じだが、時刻としては過去に戻っている。そういえば、空の上は宇宙に近いだけあって、太陽から宇宙線がバンバン飛んでくるこわいところ。巡航高度12,000メートルで働く人の被爆量は、原子力発電所で働く人の10倍もあるそうだ。

 ヒースロー空港の入国審査は大混雑。わずかな窓口に500人以上が列をなす。EU圏の人はこちら、それ以外はこっちという表示に従って並んでいると、先では無秩序に合流していてかなり適当。そしてなぜか日本人らしき人が次々と審査官にひっかかっている。泣きそうな顔の人もいる。あとで伊藤君に聞いたところ、ビザの期限を実質的にのばすため、一瞬だけ隣国に出国してすぐ入国しなおし、ふたたび観光ビザで入ろうとしているのだという。複雑な思いや事情があるんでしょうな。

 この日は、インターネットで予約したヒースロー空港近くのルネッサンスホテルに泊まる。市内のホテルが1泊100ポンド(おおよそ2万円)とか書いている中で、ここは航空会社のカードと提携していてしかも50ポンドだった。20個くらいあるバス乗り場から、僕が今日泊まるホテルに寄ってくれるバスをみつける。徹夜明けな感じなので、このあたりですっかり疲れ果てるが、看板をみるとバスに乗るにはチケットが必要と書いてある。ひと息つくには英語をしゃべってチケット売り場を探し、買い求めなければならないのだ。窓口でルネッサンスホテルに行きたいというけど、通じない。やれやれ。ルネッサンスの発音が難しい。空港のまわりのホテルなんか限られているんだから、そのくらい勘で分かれよ、と思う。実はわかっていてわざといじめているのではないかとすら思う。ああそれなら3ポンドね、といわれる。ちなみに手元の資料には2.5ポンドとかいてあった。インターネットの情報もかなり適当だ。口笛吹きながら運転するおちつきのない陽気なおじちゃんがバスを運転し、ホテルにつく。この国の人々はどうやら想像以上に適当だ。

 チェックインをすませてエレベーターに乗って困惑する。エレベーターの行き先ボタンにはG、1、2、3とある。僕がいきたいのは2013。でも今いるのはGのフロア。さて、どれを押すべきか。僕は深読みしすぎて1をおしたが、正解は2。しかし、実際は3階。つまり2階は3階にあるのだ。衝撃的。2階とかいいながら、外の景色は3階なのだ。
 さて、ホテルのレストランに行く。アラカルトメニューか、ビュッフェにするかきかれる。席につくと、部屋番号をきかれる。ビュッフェのところをぱっと見回して、カレーというのが気になったのでビュッフェにしてみる。そしてハイネケンをたのむ。凄く大きいグラスででてくる。そしてこれはまた、可能な限りぬるく泡がない。サラダを食べる。カレーを食べる。細長いパサパサした米におもいっきり辛いカレー。失敗した。おおいに後悔した。そしてフルーツ。フルーツは安心できる。フルーツ万歳。最後にコーヒーを頼むと、請求書がでてきた。税金は17.5%。ぬぬぬ。サインをする。このレストラン、可もなく不可もない、ごく普通の、すべての国の客をある程度満腹にして返す店だった。ま、ここは空港近くの安ホテル付属のレストランだし、多くを期待するのは間違っているというものだろう。

 部屋にもどって歯をみがきたくなる。しかし歯ブラシがない。フロントにいく。歯ブラシはどこにいったら手にはいるのかときいたら、これどうぞ、とフロントの引出しからでてきた。歯をみがく文化がないのか?単にわすれたのか。謎は深まる。夜の7時なのにまだまだ外は明るい。なんなのだこの国は。
 徹夜明けの状態なので、めちゃくちゃ眠い。が、ここで寝てしまっては明日またねむくなるのがはやすぎるということになりかねない。時差ぼけをこのあたりで一気に解消すべく、23時までがんばって起きていて、それから気を失ったように寝る。1時間の睡眠が3時間くらいに感じられた。

 途中何度も起きながら朝6時、ついに起きる。レストランで朝食を食べる。妙なパンやらソーセージやら食べる。しかしフルーツは安心できる。オレンジジュースも良質。仕方なくフルーツを大量に食べる。まぁ、ホテルのレストランだから仕方ない。すぐ部屋をでてチェックアウト。案の定、さっきの朝食の請求がフロントにきていない。昔ながらの伝票リレー式なのだ。朝食もたべたと申告する。ここでだまっていてあとから請求されるよりはずっと気分がいい。イギリスはたしか紳士の国だ。フロントをあとにし、一度空港まで戻ってから、エアバスでユーストン駅に向かった。

 イギリスのバスは基本的に無言だ。もうバス停にとまろうかというときになって、何かマイクでいいだす。2階立てバスはトンネルの天井ギリギリに入ったり、道の端の木の枝があたりそうになってこわい。これは気が抜けない。ので、車窓からみえる情報を最大限頼りにしながら、鉄道のマークとユーストンという大きな文字をみつけて急いで降りるしたくをする。何を言っているかわからない車内放送はあてにならない。

 駅の中央にある大きな電光掲示板をみると、マンチェスターピカデリーに行く列車は、ヴァージンアトランティック鉄道の8時50分発。果たして伊藤くんは来るのか。来なくてもとりあえず行ってしまえと思っていると、結構ぎりぎりにあらわれる。めがねが変わっていたが、伊藤くんは伊藤くんだ。あわてて切符をかってホームへ。改札口は一切ない。そのまま列車へ乗り込む。係員がドアを次々と閉めている中、あわてて駆け寄ってなんとか乗れた。これに乗り遅れると、次は1時間後。レンタカーの約束に到底間に合わなくなる。

 


 列車にのってしばらくすると、街をぬけ、広い土地に馬が一頭とか。山がなくて、芝のようなものがあたり一面に広がっているようなところを何十分も走る。時刻表を見ると、どうもマンチェスターへは12時32分着。レンタカーの約束は12時30分。着いた時点ですでに遅刻が確定。おまけにレンタカー屋の場所はまだわかっていない。まぁイギリス人はどうやら適当らしいので、このくらいの遅刻は大丈夫だろうと勝手に安心する。
昼食にしようと列車の中の売店に行くと、感じの悪い店員が待っていた。変な巻き物を買って食べる。可もなく不可もなく。まぁ、列車の中の食べ物だから仕方ないか。

 
 

 レンタカー屋は意外と駅の近くにあった。車の説明は難しい英語だらけだ。早口おねえちゃんは、日本人相手だろうとまったく手加減してくれない。なんとかポイントだけ理解できて、保険は全部つけてくれと言ってサインをし、車にのる。M61へ。MはモーターウェイのM。高速道路だ。この国では高速道路は全部無料、乗り放題だ。
 信号は赤になる前だけでなく、青になるまえにも黄色になる。これが予告風でなかなかいいシステムだ。標識はほとんど日本と同じ。左側通行の右ハンドルなので、運転はしやすい。だが、歩行者が強い。信号の色に関わらず横断をはじめる。この国では歩行者が強まっている。

 なんだこれなら余裕じゃないかと思って、伊藤君といろいろしゃべりながら走らせていたら、いつのまにかM62へそれる。これはこまった。でもどうやって引き返すのか。

   
   そこでロータリーがある。この国ではランナバウトというらしい。ロータリーとはドーナツ状の道路のことで、いくつもの道がロータリーにつながっている、いわば信号なしの丸い交差点だ。高速道路の出口でおりると、そこには大きな大きなロータリーがある。右から次々とくる車をやりすごしてから進入。ロータリーをまわりはじめたのはいいが、初心者は自分がどれくらいまわったのか分からなくなる。ロータリーから出るポイントを間違えると、その先にすぐまた別のロータリーが待っていたりして大変。方向感覚の弱い人は特に注意が必要だ。ぐるぐるまわって、ようやく引き返すことができた。引き返しながら、伊藤君と話していたらまた分岐を間違える。するとまたロータリー。ロータリーは偉大だ。ロータリーによってすべての問題は修正されるのだ。ロータリーのおかげで信号も少なくてすむ。信号が停電で消えても大丈夫だ。ロータリーに強く感動しながらついに目的のM6へ。ひたすら北へむかう。  
 


 高速道路を降りて、ケンダルの街に進入。City Centreという看板に従って中心部に向かう。駐車場にとめてiに向かう。iはいわゆる観光案内所。大抵の街にはiがあって、しかもそこへたどり着くまでの誘導看板がしっかりしている。iは偉大だ。ゆっくりした英語で教えてくれるのでわかりやすい。それにしてもあんなに長いこと勉強しておいて、ちっとも話せないなんて、日本の英語教育ってなんだろうと思う。いや、単に僕の努力が足らないともいえる。

 B&Bに到着。ベッド・アンド・ブレックファースト。朝食つき民宿といえばいいだろう。結構いい天気だった。イギリスといえばくもりか雨。こんな天気の日はそうそうないらしい。のどがかわいたなと思っても、この国には自販機がない。自販機なんておそろしくて置けないのだろう。日本は街に自販機が置いてあっても、それごと持ち去る人はいない安全な国なのだ。いや、ひょっとすると国土の狭さがそうさせているのかもしれない。
 到着すると紅茶とおかしが出される。天気がよくて、気温も高かったので外でいただく。紅茶はさすがにうまい。食事の時間までまわりの小道を散歩する。靴で生活する文化。部屋の中で靴を脱いで歩き回れない。トイレに行くにも、風呂に向かうにも靴がいる。日本人にはスリッパが必要だ。

 夕食になる。スープ、ツナとかをほうれんそうでまいたもの。手が込んでいる。なんだ結構うまいじゃないか。イギリスのめしもなかなかだなと思っていると、メインの料理がでてきた。サーモンだ。あれれ?焼いただけだ。味がない。なんだおばちゃん味付けわすれたのか、まったくしょうがないなー。ゆでた野菜がでてくる。これにも味がない。むむむ。何かがおかしい。と思っていると、伊藤君は半ば条件反射的に塩とこしょうを大量にふりかけはじめた。まるで当たり前のようにふりかける。まま待てよ、そんなことすると失礼なんじゃないか?と聞くと、どうやらそうは思われないらしい。民宿の味なしサーモンのディナーコースは17ポンド=3200円。どうも嫌な予感がする。


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