第13回
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■ それは何故か地下にある

 これだと気に入ると飽きるまで繰り返す傾向にある。一種の病気かもしれない。
 たとえば、1年ぶりにミスタードーナツへいく。おおー、オールドファッションというドーナツはこんなにさくさくしていたのか!と驚くと、それから3日毎日通いつめる。
 あるいは、キースジャレットのパリコンサート「October 17, 1988」がいたく気に入ると、ひたすらそれを聞きつづける。イントロを聞いただけで泣けるようになる。

 それは退院してしばらくたち、世の中にはこんなにも香りがあふれていたのかと驚く毎日が始まったころのある夜だった。
 デパートしかないと思った。その日は天丼屋では駄目だった。そば屋も違う。モスバーガーでも、松屋でも満たされない何かを求めていた。
 家から歩いて15分、日本橋三越だ。黒塗りの運転手付きの車が店に横付けし、そこからきらきらするものを身につけたおばさまが降りて、ショッピングを楽しまれるようなデパートだ。福岡市の岩田屋デパートでも、福岡三越でも味わうことのない、格の違いがある。福岡三越は、ビックカメラ福岡に行くときによく通り抜ける。化粧品屋が通路の両側にならぶエリアをすぎると、バッグやら宝石やらのエリアがはじまる。デパートの1階といえば、ほとんど間違いなく化粧品と高級ブランドがたちならんでいるイメージだ。

 近所で売っていないものは、デパートにいくと必ずある。そんな印象を受けたのは、小学校5年の時だったか。そのころクラスのゲーム好き数名の間では、ドラクエ2をいかにして手に入れるかが、最大のテーマだった。近所のおもちゃ屋に発売日に入荷されるかどうかはまったくわからなかった。デパートのおもちゃ売り場なら、発売日に手に入れられるはずだ。僕は確実に手に入れたかった。従って、次に出てくるのは母親ということになる。実際にどうだったかはよく覚えていないけれど、きっと面倒がる母親を数時間説得し、開店前から並んで整理券をもらって、買ってもらったに違いない。
 ここまでデパートを崇拝しておきながら、その地下を気にしたことは一度もなかった。

 日本橋三越に正面から堂々と乗り込む。ブランド屋の横をすぎたあたりで、人の流れを発見した。そこには下に降りるエスカレータがあるのだが、ほとんどの人が街灯に飛び込む虫のように吸い込まれていっている。一体、この下にはどういう空間が広がっているのか。
 なんとそこは惣菜屋だった。あたり一面の惣菜。通路を進んでいくと、右から左から声がかかる。危険な声だ。「残り1つです」、「ただいま200円引き」など、おそるべき魅力をもった魔の空間が広がっている。なによりまずいのは、においだ。これが人の説明がいらないほど説得力をもつ場合がある。
 サラダ屋についたときにはすでに袋を下げていた。マジックだ。ふと我に返ると手になにかもっている。危険だ。なかば陶酔状態で地下を徘徊している青年。しかも、サラダ屋の前では、そのあまりの種類の豊富さに立ちくらみが起こり、今にも倒れそうである。そう、彼は今限界に近い空腹感におそわれているのだ。
 「30品目サラダ」を100グラムほど買ったのち、続いてフルーツエリアに至る。その甘い香りに引き寄せられる様は、かぶとむしのようだ。メロンといちごの入ったカットフルーツの盛り合わせを買ってしまう。最後には、チョコレートコーナーを横切るが、ここでもやはり「ここでしか買えない」「どうぞご試食ください」など、文字通り甘い言葉で誘惑される。
 幸い、チョコレートは買わなかったが、気がつけば、4つの店で1500円ほどの衝動買い。充実した贅沢すぎる晩飯が自宅にて展開される。そしてまた次の日も気がついたらサラダ屋の前に立っていた。デパートの地下で本当に必要な分だけ買うのは難しい。

 なかば閉鎖された空間で、しかも相手は連日おばさまを相手に修行してきた百戦錬磨の販売員だ。その作戦に対して果たして有効な防衛策を講じることはできるのだろうか。毎日違うところで立ち止まって、最後には両手に袋をさげている。一度下ってしまったら最後、上りエスカレーターまでの道は長く険しい。

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