第3回
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■ 宇宙的外傷

 築地市場は雨だった。

 成田空港がどこにあるのかという疑問を解決するところから今回の旅ははじまる。都営大江戸線大門駅で京急線に乗り換え、特急成田空港行き電車の中でしばらくスーパーマリオアドバンスをやっていると、2−2あたりで京成線にはいり、3−3をクリアしたあたりで、一面の田園風景が目に入っている。そうか、千葉県なんだ。

 今回は、いわゆる乗り過ぎ野郎のためのご褒美券、アップグレードチケットを使ってビジネスクラスに乗る。往復20時間のフライトともなると、この1クラスの差は結構大きい。

 田川ラメ夫氏の到着を待つ。2人で喫茶店でぼーっとすごしたのち、揃ってシャンプーや歯ブラシのセットを薬局で購入。ラメ夫氏は魅惑のタイ国際航空で、僕は平凡な全日空でロサンゼルスでそれぞれ向かうことになった。再会は9時間半後。長い。

 出国審査を終え、円をドルに両替して、隣に変な人が乗ってこないことを願いながら(重要)、搭乗。午後5時に離陸して、到着は同じ日の午前10時ごろ。つまり、時間だけでいうと過去に戻ってしまうことになる。日付変更線マジックにやられる。
 そもそも時間なんてものは、人間が昼どきに12になるように決めた適当なものなので、自国の都合でそれぞれ決めている。さらに、高速で移動し続ける人は、静止している人に対して時間がずれてきたりするわけで、相対的なものでしかない時刻を過信するとかなり困ったことになるのだ。
 しかし宇宙的に視点にたてば、宇宙がはじまってから経過している時間は、地球どこでも同じはずで、太陽と地球の関係でそれが明るかったり暗かったりするだけのことなのだ。宇宙にいった人は、いったい時間の経過をどうやって実感するのだろう。

 シートに座る。空港は結構混んでいて滑走路をゆっくり移動、離陸。水平飛行に移ればワインやらパンやら夕食やらがどんどん出てくる。空を飛んでいるときも普通にこういったものが食べることができるということは、地上から空を飛んでいる金属のかたまりを見るときにはなかなかでてこないイメージだ。すごい時代なのだ。
 気圧が低い上空では、思いのほか酔いが回るのがはやいので、飲みすぎには注意しないとふらふらになる。あいかわらず朝方に寝る生活リズムが直前まで続いていたので、どれだけ飲んでも眠くならず、しかたないので、シートテレビを出して、映画でも見てみる。
 スペースカウボーイ。昔宇宙に行き損ねた、いい年の親父たちが衛星の修理に行く話。コメディかと思ってたら、中途半端にシリアスなので微妙な気持ちになる。このあたりで機内はまっくらに。擬似的に夜をつくりだし、眠っていただこうという狙いらしいが、僕はいっこうに眠くならず、しかしまわりは爆睡で辛い。2本目を見おわったころには、ねむろうと努力してみたりするが徒労に終わる。そうこうしているうちに、照明がつき朝がくる。朝食だ。入国書類を書いていると、きのう重い荷物を長時間同じ腕で持ちつづけたせいか、手がふるえて字がかけない。
 到着すると、まず空気が違う。うまく表現できないが、日本ではない匂いがする。入国審査はすごい行列で、通過するのに20分ぐらいかかり、いくつか英語で質問を受けて無事入国。

 ラメ夫さんと合流。横には高橋ピョン太さんが。さらにはロスに住んでいたことのある今井さんが。ピョン太さんといい、ラメ夫さんといい、ちょっとなかなかいない名前だ。
 タクシーでダウンタウンへ向かう。空が広い。高層の建物がない。土地が十分にあるので高層化する理由がないのだろう。滑走路のようなフリーウェイ。乾いた大地、乾いた空気。淀んだ空。右側通行の恐怖。謎のカープール。ホテルに到着。
 そういやタクシーの運転手にチップも渡さないといけないよねとか言いながら、ラメ夫さんが適当に出してみる。運転手から返ってきたことばは「ノーチップ?(疑問形)」。つまり常識的に圧倒的にチップ不足な状況を予測せずに料金を渡してしまった僕らは一気に精神的窮地に追い込まれる。そしてこの運転手のセリフが後にラメ夫氏にトラウマ(精神的外傷)となって何度も再出することは、この時予想できなかった。

 ダウンタウンのはずれにある某ホテル。暗いロビー。あーメキシコに来たぞという感じだ。そう、ここはアメリカ。しかしアメリカな感じのしないホテルだ。いつ自分のフロアに来るか予想できない、おおざっぱなエレベーター。質素な家具と大きなテレビ、大きなベッド。壁や天井には、アメリカっぽくない模様が塗られている。きれいきれいなピカピカホテルに慣れた方にはお勧めできないが、この意外な発見こそ適当旅行の最大の楽しみ。

 以降、3日間に渡ってコンベンションセンターに足しげく通い、世の中の奇妙なゲーム関連企業を目の当たりにし、やはり任天堂は正しいという実感を具体的に得たのだった。

  NintendoSegaMicrosoft  
 

 ところで、ラメ夫氏とピョン太氏のハイレベルな思考次元で織り成される会話は、頭をフル回転させながら理解しないとすぐについていけなくなる。特に専門用語や業界用語で難解になっているのではない。まるで主語と述語を同時に省略されたような感じだ。
 さらには、対象を直接ことばにせず、それから連想するものを口に出すので、常に1歩先の発想が聞き手に要求される。
 よくドラマで死に際の人が最後の力を振り絞って全情報を1単語に盛り込もうとするシーンが見られる。そういう場面が目の前で10分続くことを想像していただきたい。半端な態度で聞いていては1分でついていけなくなるのだ。

 帰国の日、たぶん誰も日本に帰りたくなかった。本来ならそろそろ日本食が、というところだろうが、ここの食べ物は悪くない。パンケーキもパスタもサラダもドレッシングもコーヒーも全然問題なしだ。中華もタイ料理もイラン料理もうまい。なにしろ毎晩ビールがうまい。適当でおおざっぱな時間の流れの中に居心地の良さを感じていたに違いない。

 帰りのタクシーではチップを十分に渡して、ロサンゼルス初の黒人市長の名がついたトム・ブラッドレー国際線ターミナルに到着。ターミナルに人の名前がつけられるなんてすばらしい。ばらばらにチェックインして、ばらばらに搭乗。飛行機は西海岸を北上。なんときれいな長い海岸線。地図を見ながら飛行機が飛んでいる場所を追ってみる。アメリカに来たといっても、西のはずれのほんの小さな部分を動きまわっただけなのだ。なんと広い国なのだろう。想像しただけで倒れそうだ。
 では宇宙から地球を見たショックはいかほどのものか。大丈夫。宇宙は無重力なので僕は倒れない。

 12時間かけて帰り着いた日本は、思っていたより緑が多くそして雨だった。
 これが日本か。
 

 

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