第10回
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13

■虎でも猫でも、尾は踏むな

『虎の尾を踏む男たち』(製作1945年/58分/モノクロ)
監督/黒澤明
出演/大河内伝次郎、藤田進、榎本健一、森雅之、志村喬、河野秋武、小杉義男、横尾泥海男、仁科周芳、久松保夫、清川荘司

どこか陰があることを匂わせながらもおおらかで豪快、というシビれる男、丹下左膳役がハマっていた大河内伝次郎。彼の出演作の中からもう1本。今回は、黒澤明監督が1945年9月というタイミングで製作した『虎の尾を踏む男たち』だ。

能の「安宅」をもとにした歌舞伎の「勧進帳」がベースになっている。
時は鎌倉時代直前の1185年。源九郎義経は、源平の戦いで殊勲の働きをしたにも関わらず、梶原景時の讒言のせいで兄の頼朝から命をつけ狙われ逃げ回る羽目に陥っている。家来6人を連れ“唯一の同情者”がいる奥州を目指すが、彼らの前に、兄頼朝が弟義経をつかまえるべく新設した加賀国安宅の関所が立ちはだかる。さて、義経ら一行は無事に関所を越えられるのか、というお話。

最近、三沢と冬木の男の友情に感動した男気フェチの私がおすすめするんだから、この映画のポイントは当然!「男同士、瞬時に気持ちが通じ合う様子」。“瞬時に気持ちが通じ合う様子”ってのは、男に限らず人と人の関係として、何ともいいもんだ。まさに当人たちだけの“聖域”という感じがするところがさ。友情とは少し違って、相手の男気を瞬間的に見抜いて男気で応える、しかも刹那的な出会いの中で交わされるところがこれまた男気溢れていいじゃないか。

山伏の格好をして身分を隠し、道を急ぐ義経の一行。荷を背負わせるための強力(ごうりき)を一人連れている(この強力を演じる“エノケン”こと榎本健一の演技は必見)。安宅の関所までもう一息というところで一休み。関所を通る以外に抜け道は無いのか、とさりげなく出た質問に、あるけれども見つかったら大変なんだ、と強力が答える。だいたいあの関所が出来たコトの始まりは頼朝と義経の仲たがいだ、兄弟喧嘩なんて無邪気なもののはずなのに、かりたてるような真似していけすかねぇ、義経さまがかわいそうだ…と口滑らかに強力のおしゃべりは続く。関所の連中は何もかも知ってるんだ、義経さまが家来を6人連れて何かに姿を変えて逃げてるってこともさ、何に姿を変えてるんだっけなぁ、そう!山伏だ! あっ!? というわけで、自分がかなりシリアスな状況下にいることに気づいてビビる強力、泣き笑いである。

さて「進むか退くか」。義経の家来6人、弁慶(大河内伝次郎)、亀井(森雅之)、片岡(志村喬)、伊勢(河野秋武)、駿河(小杉義男)、常陸坊(横尾泥海男)が出した結論は“進む、しかし穏やかに”。
が、山伏姿の7人連れ、は怪しすぎる。で、線の細い美少年、いかにも山伏っぽくない義経をコ汚い強力姿に変装させ、再び歩き出す。そこへ、逃げてしまったはずの強力が舞い戻り一言。荷の背負いかたがなっちゃいませんぜ。
義経さまだと聞いて黙って帰るわけにはやはりいかない、自分にひと肌脱がせておくんなせぇな、と男気をみせる強力。

場面変わって、関所にて。
義経一行を代表する弁慶と対峙するのは、関所を守る富樫(藤田進)と、頼朝と義経の不和の原因を作った梶原景時の使者(久松保夫)。(関係ないけれど、この使者役の久松保夫の顔は、すごい作りかただ。池上遼一の劇画顔。最近ので言うと「ビッグコミック スペリオール」連載中「HEAT」の“勝男”だ。)

山伏というだけで弁慶たちをハナから疑ってかかり(当たりなんだが)、興奮したドーベルマンのような勢いで「ひっとらえーい」と叫ぶ使者。一方の富樫はちと違う態度。弁慶と富樫のやりとりは名場面だ。
事情あって山伏を通すわけにはいかないのだと富樫に聞かされ、ではしようがないと弁慶ら山伏の格好をした6人で最後の祈りを行なったところ、その山伏っぽさに心打たれたのか、富樫は“本当の山伏なら持っているはずの勧進帳を読んで聞かせてくれ”とリクエスト。巻き物を取り出す弁慶。持ってるわけはないんだが。さぁて、ここはスリル満点ですよ、みなさん。
その後、富樫が弁慶を質問責め。山伏の装いがものものしいのはなぜか? すず懸けの意味は? 悪霊はどのようにして退治するのか? それら一つ一つに明瞭に答える弁慶。激しくスピードのある会話でぶつかり合う。技をかけ合っては受け合うプロレス的展開。この男気の魂が交換される瞬間は盛り上がりますよ。

全てを聞き終えて富樫。疑いをかけたのは不覚、お詫びに勧進の品々を差し上げたいと申し出る。そんなことより一刻も早く通り抜けたい弁慶。我ら山伏は後日また、ここを通る予定なのでその時に頂きましょうと答え、いよいよ、関所を通り抜けようとする。その時!

まてぃ!と叫ぶ勝男、ではなく使者。その強力(義経)が怪しい、頭にかぶっている笠を脱げ!と食い下がる。大ピンチ。ここで弁慶のとった行動とは。詳しく言う野暮は避けるが、弁慶、本物の強力、そして富樫の男気大爆発だ。はっきり言って“しゃーしい”使者に、富樫がとどめの一言“ここの関守は俺なんだよ!”

またまた場面は変わって。
はっはっはっ、と笑いながらやってくるのは義経一行。無事に関所を通り抜けて緊張から解き放たれ朗らかな様子。すると、彼らの後を追って、富樫の使者らがやってくる。すわ何事!?と思えば、さっきのお詫びに「粗酒ひとつ持参つかまつりました」。富樫が酒を持たせてよこした使者であった。というわけでその場で宴会スタート。もう一献、もう一献と勧められるままに弁慶もぐいぐい飲む、みんなも飲む、強力もおこぼれにあずかっていい気分になって舞い踊り……ふと強力が目覚めると誰もいなくなっていましたとさ。

弁慶が、後日またこの関所を通ると言ったはずなのに、富樫がなぜ酒を持たせて使者をよこしたか、その男気を考えると涙が出ますな。弁慶がその意味に気づくときの顔、無言だけど顔がいいんだ、これがまた。

しかし、尋問を受けるってのは小心者の私なんぞは必要以上にドキドキするもんだ。「虎の尾を踏む」わけじゃなく、やましいところがないのに、緊張のあまり返事がしどろもどろだったり挙動不審になってしまうのだけは避けたい。だって入国できなかったら一大事じゃないか。私が入国審査(イミグレーション)で疑われないようにみなさん祈ってて。イギリスを2週間ばかし旅してきます。ごきげんよう。

追伸
「ここに来た目的は?」「滞在期間は?」だけで、普通はパスできるイミグレ。
イギリスのイミグレには、たまに人を疑うのが趣味みたいな厳しい審査官がいる、ってのは本当かもしれない。忘れもしない十数年前、大学の卒業旅行で初渡英した私がイミグレでした会話。「イギリスから日本に戻ったら何するの」「働きます」「どんな内容の仕事」「えーと、まだはっきり分かりません」「は?勤め先の名前は?」「xxxです」「いつから?」「4月からです」など延々と。何も知らない私、世間話の好きな審査官だなぁとその時は思ったのだけれど、実は疑われていたんじゃないのか!?


<- ひとくち感想はこちらからどうぞ



Copyright (C) 2001-2005 CARAMELPOT.COM